忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
以前ここに来たのは、再会したあの日。しかも駐車場だけだったので、このビルが丸々ブルーエングループのものだと思うと、自分がここにいることが場違いな気がして急に足がすくんだ。
「美琴、こっち」
「は、はいっ!」
エレベーターに乗り込み、尋人は行き先ボタンを押す。
「なんか私の生きてきた世界と違う……」
「うちも今は飲食だけじゃないからさ。いろんな分野が集結してるんだよ」
エレベーターが止まり、奥へと誘導される。そこは重役たちの部屋が集まるスペースだった。
「専務! 帰られたのでは?」
声がして方を振り向くと、そこには尚政が立っていた。尚政が専務と呼ぶのを初めて目撃した美琴は驚く。
それに気が付き、尚政は二人を専務室の方へぐいぐいと押しやっていく
「あぁ、やることを思い出してな」
中に入ると、そんなに広くはないが、重厚な雰囲気が漂う。
これが専務室……こんなところで仕事をしているなんて……すごい人にプロポーズされていたんだと改めて思う。
「美琴ちゃんも一緒だなんて聞いてないよ〜! 美琴ちゃん、昨日はお疲れ様〜」
「千葉さん、昨日はありがとうございました! お礼が遅くなってしまってすみません」
「俺何もしてないから大丈夫だよ」
尋人は机の上にカバンを置くと、鍵をかけていた引き出しを開けて、中から一通の封筒を取り出す。それは昨日山脇に見せた封筒だった。
尚政は尋人からの視線を感じ、頷く。
「何かあったら呼んでよ。俺まだいるからさ」
そう言い残すと、尚政は部屋から出て行く。ドアが閉まるのを確認して、美琴は口を開く。
「それって昨日の……だよね」
「そう。山脇の調査書。美琴には見せなくていいと思ってたから、ここに置いてあった」
でも美琴をここに連れてきたということは、何かがあるのはわかる。
美琴は少し怖かった。知るべきなのか、知らなくていいのか、それとも知らない方がいいものなのか……。
「正直に言って、知らない方がいい情報の方が多いと思う。美琴が見ても辛いだけだし」
「けど私が知った方がいい情報があるのね」
美琴は机に置かれた封筒に手を取ろうとする。それを尋人が制した。
「見るのは必要な部分だけでいいんだぞ」
「大丈夫。全部見せて。自分がしたことだし、ちゃんと現実を見ないと」
良いことも悪いことも、全部受け入れなければいけないと思っていた。
「じゃあここで読め」
尋人は椅子に座ると、自分の膝の上を指差す。
「えっ、そっちのソファでいいよ」
「いいから。来いよ」
真面目な話をしてるのにな……どんな情報が書かれているのかわからない今は、尋人がそばにいてくれた方が安心かもしれない。
「もう一度言うけど、美琴にとっては終わったことだからな」
私が傷付つないように気を遣ってくれているようだった。尋人の言葉は本当に優しい。
仕方ないので言われるまま尋人の膝の上に座り、美琴は緊張しつつも、封筒の中から調査報告書と書かれたものを取り出した。
『山脇和博
小倉薬品 営業課長
妻は小倉薬品 常務 金子誠司の娘』
写真も添えられており、美琴は初めて山脇の妻を見た。髪が長く、小柄なキレイな女性だった。
こんな素敵な方が奥さんだったんだ……。何度も想像したが、実際に姿を見てしまうと、こんなにも罪悪感が生まれてくる。
この人はちゃんと存在していて、終わったこととはいえ、私のことを知ったらどう思うだろうか。
すると美琴のその想いに気が付いたのか、尋人が頭を撫でる。
「美琴はちゃんと反省してるし、美琴自身も騙された被害者なんだ。お前は大丈夫だよ」
尋人に励まされ、紙をめくった美琴は驚いて目を見開く。振り返り尋人の顔を見ると、彼は冷静にその報告書を見ていた。
尋人は何度もそのページを見返していたから、もう驚きも怒りもなかった。ただ蔑みの目でしか見ることができなくなっていた。
『女性関係一覧』
私だけじゃなかったってこと? そこには数名の女性の名前、年齢、会社名が記され、更には会っていた日時までが記されていた。
「要はそいつは出入りする会社や病院で目をつけて、声をかけては関係してたってことだよ」
「みんな……山脇さんに奥さんがいるって知ってるの……?」
「どうだろうな。まぁ知ってて続けてる人もいると思うけど」
「そうだね……」
「だけど、自分以外にも不貞している女がいるとは思ってないんじゃないかな。奥さん以外に私だけ……美琴もそうだったけど、みんなそう信じてるんだと思う」
「私もこれを読むまでそう思ってた……」
「この山脇って奴は欲の塊だよ。自分のことしか考えてない、最低な奴だ」
尋人は美琴の体を強く抱きしめる。
「奥さんは小倉薬品の常務の娘って書いてあっただろ。あいつは妻と別れるつもりなんてないよ。自分の出世に影響するんだから」
その嘘に何人が騙されているんだろう。信じる気持ちを踏み躙られているんだろう……。考えると辛い。
書かれた名前を見ながら紙をめくった時、美琴の目に衝撃的なものが映った。
『林田夏実(25)幸田総合病院』
「これって……」
「見せたかったのはそれ。彼女、山脇と関係を持ってる」
尋人の言葉で、パズルのピースが埋まっていく。
急に様子が変わったこと、ケンカにしては長すぎること、そして美琴の指輪への反応……。全てに納得がいく。
本当に酷い男。まさか同じ職場の同期の二人と同時に関係を持っていただなんて。
こんな男を好きだと感じていた時期があったことが悔しい。
「私は夏実にしてあげられることはないのかな……何をしても余計なお節介になっちゃいそう……」
「その子が山脇を信じてる間は、何を言っても無駄だと思う。逆効果になることもあるだろうし」
「うん……」
「まぁそれを覚悟で、山脇を悪く言わないように美琴の想いを伝えるくらいはしてもいいんじゃない?」
美琴は尋人の顔を見る。尋人はにっこり微笑む。
「とりあえず帰って考えよう。お腹も空いたしさ」
私の想い……伝えられるかな……。でもこのまま見守るなんてしたくない。
迷惑でも、お節介でも、出来ることをしたいと思った。
「美琴、こっち」
「は、はいっ!」
エレベーターに乗り込み、尋人は行き先ボタンを押す。
「なんか私の生きてきた世界と違う……」
「うちも今は飲食だけじゃないからさ。いろんな分野が集結してるんだよ」
エレベーターが止まり、奥へと誘導される。そこは重役たちの部屋が集まるスペースだった。
「専務! 帰られたのでは?」
声がして方を振り向くと、そこには尚政が立っていた。尚政が専務と呼ぶのを初めて目撃した美琴は驚く。
それに気が付き、尚政は二人を専務室の方へぐいぐいと押しやっていく
「あぁ、やることを思い出してな」
中に入ると、そんなに広くはないが、重厚な雰囲気が漂う。
これが専務室……こんなところで仕事をしているなんて……すごい人にプロポーズされていたんだと改めて思う。
「美琴ちゃんも一緒だなんて聞いてないよ〜! 美琴ちゃん、昨日はお疲れ様〜」
「千葉さん、昨日はありがとうございました! お礼が遅くなってしまってすみません」
「俺何もしてないから大丈夫だよ」
尋人は机の上にカバンを置くと、鍵をかけていた引き出しを開けて、中から一通の封筒を取り出す。それは昨日山脇に見せた封筒だった。
尚政は尋人からの視線を感じ、頷く。
「何かあったら呼んでよ。俺まだいるからさ」
そう言い残すと、尚政は部屋から出て行く。ドアが閉まるのを確認して、美琴は口を開く。
「それって昨日の……だよね」
「そう。山脇の調査書。美琴には見せなくていいと思ってたから、ここに置いてあった」
でも美琴をここに連れてきたということは、何かがあるのはわかる。
美琴は少し怖かった。知るべきなのか、知らなくていいのか、それとも知らない方がいいものなのか……。
「正直に言って、知らない方がいい情報の方が多いと思う。美琴が見ても辛いだけだし」
「けど私が知った方がいい情報があるのね」
美琴は机に置かれた封筒に手を取ろうとする。それを尋人が制した。
「見るのは必要な部分だけでいいんだぞ」
「大丈夫。全部見せて。自分がしたことだし、ちゃんと現実を見ないと」
良いことも悪いことも、全部受け入れなければいけないと思っていた。
「じゃあここで読め」
尋人は椅子に座ると、自分の膝の上を指差す。
「えっ、そっちのソファでいいよ」
「いいから。来いよ」
真面目な話をしてるのにな……どんな情報が書かれているのかわからない今は、尋人がそばにいてくれた方が安心かもしれない。
「もう一度言うけど、美琴にとっては終わったことだからな」
私が傷付つないように気を遣ってくれているようだった。尋人の言葉は本当に優しい。
仕方ないので言われるまま尋人の膝の上に座り、美琴は緊張しつつも、封筒の中から調査報告書と書かれたものを取り出した。
『山脇和博
小倉薬品 営業課長
妻は小倉薬品 常務 金子誠司の娘』
写真も添えられており、美琴は初めて山脇の妻を見た。髪が長く、小柄なキレイな女性だった。
こんな素敵な方が奥さんだったんだ……。何度も想像したが、実際に姿を見てしまうと、こんなにも罪悪感が生まれてくる。
この人はちゃんと存在していて、終わったこととはいえ、私のことを知ったらどう思うだろうか。
すると美琴のその想いに気が付いたのか、尋人が頭を撫でる。
「美琴はちゃんと反省してるし、美琴自身も騙された被害者なんだ。お前は大丈夫だよ」
尋人に励まされ、紙をめくった美琴は驚いて目を見開く。振り返り尋人の顔を見ると、彼は冷静にその報告書を見ていた。
尋人は何度もそのページを見返していたから、もう驚きも怒りもなかった。ただ蔑みの目でしか見ることができなくなっていた。
『女性関係一覧』
私だけじゃなかったってこと? そこには数名の女性の名前、年齢、会社名が記され、更には会っていた日時までが記されていた。
「要はそいつは出入りする会社や病院で目をつけて、声をかけては関係してたってことだよ」
「みんな……山脇さんに奥さんがいるって知ってるの……?」
「どうだろうな。まぁ知ってて続けてる人もいると思うけど」
「そうだね……」
「だけど、自分以外にも不貞している女がいるとは思ってないんじゃないかな。奥さん以外に私だけ……美琴もそうだったけど、みんなそう信じてるんだと思う」
「私もこれを読むまでそう思ってた……」
「この山脇って奴は欲の塊だよ。自分のことしか考えてない、最低な奴だ」
尋人は美琴の体を強く抱きしめる。
「奥さんは小倉薬品の常務の娘って書いてあっただろ。あいつは妻と別れるつもりなんてないよ。自分の出世に影響するんだから」
その嘘に何人が騙されているんだろう。信じる気持ちを踏み躙られているんだろう……。考えると辛い。
書かれた名前を見ながら紙をめくった時、美琴の目に衝撃的なものが映った。
『林田夏実(25)幸田総合病院』
「これって……」
「見せたかったのはそれ。彼女、山脇と関係を持ってる」
尋人の言葉で、パズルのピースが埋まっていく。
急に様子が変わったこと、ケンカにしては長すぎること、そして美琴の指輪への反応……。全てに納得がいく。
本当に酷い男。まさか同じ職場の同期の二人と同時に関係を持っていただなんて。
こんな男を好きだと感じていた時期があったことが悔しい。
「私は夏実にしてあげられることはないのかな……何をしても余計なお節介になっちゃいそう……」
「その子が山脇を信じてる間は、何を言っても無駄だと思う。逆効果になることもあるだろうし」
「うん……」
「まぁそれを覚悟で、山脇を悪く言わないように美琴の想いを伝えるくらいはしてもいいんじゃない?」
美琴は尋人の顔を見る。尋人はにっこり微笑む。
「とりあえず帰って考えよう。お腹も空いたしさ」
私の想い……伝えられるかな……。でもこのまま見守るなんてしたくない。
迷惑でも、お節介でも、出来ることをしたいと思った。