忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
美琴の告白
昼休憩の時間となり、夏実は真っ先に立ち上がるが、それを制するかのように美琴が立ち上がった。
「夏実! お昼一緒に食べよう!」
美琴は夏実の制服を掴み、呼び止めた。夏実は怪訝そうな顔で美琴を見る。
「……私お弁当だから」
「わ、私もお弁当作ってきたから一緒に食べよう! どこで食べてるの?」
今日は怯まない。美琴はぐいぐいと夏実に詰め寄る。その勢いに負けたのか、夏実はポロッと口を滑らせた。
「屋上……」
「よし、行こう!」
「えっ……ちょっと……」
美琴は夏実の手を取ると、タイミングよく到着したエレベーターに乗り込む。
夏実は何か言いたそうだったが、エレベーターに患者や医師が乗っていたため口をつぐむ。
屋上に到着すると、観念したかのように端っこのベンチを指差した。
二人はベンチに腰かけると、無言のまま弁当箱の蓋をあける。
無言の時間が美琴の不安を煽る。しかし今しかないと気持ちを奮い立たせる。
「わ、私ね、夏実に話したいことがあったんだ。最近あまり話せなかったから、ちょっと強引だけどお弁当を作ってみたの!」
美琴は話すが、夏実は黙々と弁当のおかずを口に運ぶ。
「前に私が元気なかった時の話。そんなつもりはなかったんだけど、聞かないでオーラが出てたって言ってたじゃない? 夏実は心配してくれてたのに、ちゃんと話せなくて申し訳ないなって思って……」
それでも返事はない。でも挫けない。
「これは私が話したくて話すだけだから、聞かなくてもいいよ」
そう、私が勝手に話すだけ。
美琴は空を仰ぐ。青空を見ながら、息を吸い込んだ。
「私ね、あの頃付き合っていた人がいたの。仕事関係で知り合った人で、何回か会ってから告白されて、普通の付き合いをしていたつもりなんだけど……ある日突然彼から奥さんがいることを知らされたんだ」
その言葉を聞いた直後、夏実の動きが止まった。目が泳ぎ、明らかに動揺している。
「私は知らない間に不倫してたみたい。でも不倫はいけないって思って、何度も別れ話をしようとしたんだけどね、その人ズルいの。私の雰囲気でバレてたのかもしれないけど、そういう日に限って、妻とは別れるとか愛してるとか言うものだから、つい流されて関係を持っちゃったりして」
そう。そしてそんな時に尋人と再会する。
「なかなか言い出せなくてズルズルしていた私に、ある人が怒ってくれたの。辛いのはお前じゃなくて、何も知らずにいる奥さんの方だって。その男の幸せは、お前か奥さんの不幸の上に成り立ってるんだって、そう言われてやっと気が付いたの。私は本当の幸せを放棄してるって」
美琴はようやくおかずを一口食べる。つい勢いに乗って喋ってしまった。
夏実の手は止まっている。
「……その人とは別れられたの?」
やっと夏実が口を開いてくれた。美琴は嬉しい気持ちを抑えて、冷静に話を続ける。
「その人ね、自分の話しかしないくせに、結構威圧的な態度を取る人だったから、私は怖くてなかなか言い出せなかったの。けど私の背中を押してくれる人がいて……だから時間はかかったけど、ちゃんと別れたよ」
「……そうなんだ……」
無理に夏実の話を聞こうとは思わない。でも話してくれたら、尋人が私の背中を押してくれたみたいに、私が夏実の背中を押すのにな……。
「でも別れ話の時に、お前なんか遊びだったって言われちゃってね。まぁある意味肩の荷が降りたというか、不倫じゃなかったんだって思ったら安心しちゃった。やらせてくれるっていうのも軽い女みたいだけど、不倫よりはいいかな」
「えっ、じゃあ今の彼って? タイミング的におかしくない?」
「あっ……うん、実は三年前に好きだった人。再会してすぐに付き合うことになって……結果的に二股みたいになっちゃったんだけど、彼がそれでもいいって言ってくれたの」
「すごいね……三年も空いたのに、やっぱり好きだったってことでしょ? 私にはそんな運命的な出会いはないだろうな」
「運命的……そんなこと考えたことなかった。でも再会出来たことには感謝しかない。彼といると無理しないでいられるし、幸せって感じるの。一方通行じゃなくて、ちゃんと想い合ってるって感じさせてくれる人。口はちょっと悪いけどね」
「何それ」
そう言って夏実は笑った。彼女の笑顔を見るのはいつぶりのことだろう。
「あの頃の私は自分のことばかりで、自分が悪いことしてる気がして、責められるのが怖くて誰にも相談出来なかった。夏実が心配してくれてたのも気付かなくて、今更こんな話しって思われちゃうかなと思ったんだけど……。今ようやく自分の気持ちの整理がついて、私の良いところもダメな所も好きって言ってくれる人に出会えて、やっと心にゆとりが持てるようになった。だから話さなかったことをちゃんと謝りたかった。ごめんなさい」
「美琴は今幸せなんだね……」
「そうだね、そう思えるようになった」
夏実は下を向いたまま、微動だにしない。
「……本当は知ってるんでしょ? 私が不倫してること。だからそんな話したんだよね」
美琴は黙ったまま頷く。
「美琴の気持ちもわかるよ。私も同じこと思ってるから……。美琴はもし今の彼が現れなかったら、今どうなっていたと思う?」
「たぶんまだズルズルしてた気がする……」
「それが今の私かもしれない。美琴はいい人に出会えたんだね」
何も言えない。結局私は尋人に行き着いてしまうんだ。
「でもね、このままじゃいけないとは思ってるの。優しい大人の男って思って付き合ったけど、ちょっと疲れてきちゃった。本当はもっとアクティブにいろいろ付き合ってくれる人の方が好きなんだよね」
「あぁ、だから自転車通勤なんだ」
「走るのも好き、最近はボルダリングも始めたしね……そういえばあの人、こういう話をすると興味なさそうに相槌打つの。だから話すのやめちゃった」
夏実は弁当を食べ終え、片付け始める。黙ったまま水筒のお茶を口に含み、ホッと一息ついた。
「一人で考えてるとね、なんか悶々としちゃうんだ。だから今日は話せて良かった。ありがとう」
「ううん、こちらこそ話してくれてありがとう!」
「なんか言えそうな気がしてきたよ。ちゃんと別れて、私も一緒にボルダリングしてくれるような彼氏を見つけたいな」
自分がちゃんと話せたのかわからなかったが、夏実が前向きになってくれたことが嬉しかった。
「夏実! お昼一緒に食べよう!」
美琴は夏実の制服を掴み、呼び止めた。夏実は怪訝そうな顔で美琴を見る。
「……私お弁当だから」
「わ、私もお弁当作ってきたから一緒に食べよう! どこで食べてるの?」
今日は怯まない。美琴はぐいぐいと夏実に詰め寄る。その勢いに負けたのか、夏実はポロッと口を滑らせた。
「屋上……」
「よし、行こう!」
「えっ……ちょっと……」
美琴は夏実の手を取ると、タイミングよく到着したエレベーターに乗り込む。
夏実は何か言いたそうだったが、エレベーターに患者や医師が乗っていたため口をつぐむ。
屋上に到着すると、観念したかのように端っこのベンチを指差した。
二人はベンチに腰かけると、無言のまま弁当箱の蓋をあける。
無言の時間が美琴の不安を煽る。しかし今しかないと気持ちを奮い立たせる。
「わ、私ね、夏実に話したいことがあったんだ。最近あまり話せなかったから、ちょっと強引だけどお弁当を作ってみたの!」
美琴は話すが、夏実は黙々と弁当のおかずを口に運ぶ。
「前に私が元気なかった時の話。そんなつもりはなかったんだけど、聞かないでオーラが出てたって言ってたじゃない? 夏実は心配してくれてたのに、ちゃんと話せなくて申し訳ないなって思って……」
それでも返事はない。でも挫けない。
「これは私が話したくて話すだけだから、聞かなくてもいいよ」
そう、私が勝手に話すだけ。
美琴は空を仰ぐ。青空を見ながら、息を吸い込んだ。
「私ね、あの頃付き合っていた人がいたの。仕事関係で知り合った人で、何回か会ってから告白されて、普通の付き合いをしていたつもりなんだけど……ある日突然彼から奥さんがいることを知らされたんだ」
その言葉を聞いた直後、夏実の動きが止まった。目が泳ぎ、明らかに動揺している。
「私は知らない間に不倫してたみたい。でも不倫はいけないって思って、何度も別れ話をしようとしたんだけどね、その人ズルいの。私の雰囲気でバレてたのかもしれないけど、そういう日に限って、妻とは別れるとか愛してるとか言うものだから、つい流されて関係を持っちゃったりして」
そう。そしてそんな時に尋人と再会する。
「なかなか言い出せなくてズルズルしていた私に、ある人が怒ってくれたの。辛いのはお前じゃなくて、何も知らずにいる奥さんの方だって。その男の幸せは、お前か奥さんの不幸の上に成り立ってるんだって、そう言われてやっと気が付いたの。私は本当の幸せを放棄してるって」
美琴はようやくおかずを一口食べる。つい勢いに乗って喋ってしまった。
夏実の手は止まっている。
「……その人とは別れられたの?」
やっと夏実が口を開いてくれた。美琴は嬉しい気持ちを抑えて、冷静に話を続ける。
「その人ね、自分の話しかしないくせに、結構威圧的な態度を取る人だったから、私は怖くてなかなか言い出せなかったの。けど私の背中を押してくれる人がいて……だから時間はかかったけど、ちゃんと別れたよ」
「……そうなんだ……」
無理に夏実の話を聞こうとは思わない。でも話してくれたら、尋人が私の背中を押してくれたみたいに、私が夏実の背中を押すのにな……。
「でも別れ話の時に、お前なんか遊びだったって言われちゃってね。まぁある意味肩の荷が降りたというか、不倫じゃなかったんだって思ったら安心しちゃった。やらせてくれるっていうのも軽い女みたいだけど、不倫よりはいいかな」
「えっ、じゃあ今の彼って? タイミング的におかしくない?」
「あっ……うん、実は三年前に好きだった人。再会してすぐに付き合うことになって……結果的に二股みたいになっちゃったんだけど、彼がそれでもいいって言ってくれたの」
「すごいね……三年も空いたのに、やっぱり好きだったってことでしょ? 私にはそんな運命的な出会いはないだろうな」
「運命的……そんなこと考えたことなかった。でも再会出来たことには感謝しかない。彼といると無理しないでいられるし、幸せって感じるの。一方通行じゃなくて、ちゃんと想い合ってるって感じさせてくれる人。口はちょっと悪いけどね」
「何それ」
そう言って夏実は笑った。彼女の笑顔を見るのはいつぶりのことだろう。
「あの頃の私は自分のことばかりで、自分が悪いことしてる気がして、責められるのが怖くて誰にも相談出来なかった。夏実が心配してくれてたのも気付かなくて、今更こんな話しって思われちゃうかなと思ったんだけど……。今ようやく自分の気持ちの整理がついて、私の良いところもダメな所も好きって言ってくれる人に出会えて、やっと心にゆとりが持てるようになった。だから話さなかったことをちゃんと謝りたかった。ごめんなさい」
「美琴は今幸せなんだね……」
「そうだね、そう思えるようになった」
夏実は下を向いたまま、微動だにしない。
「……本当は知ってるんでしょ? 私が不倫してること。だからそんな話したんだよね」
美琴は黙ったまま頷く。
「美琴の気持ちもわかるよ。私も同じこと思ってるから……。美琴はもし今の彼が現れなかったら、今どうなっていたと思う?」
「たぶんまだズルズルしてた気がする……」
「それが今の私かもしれない。美琴はいい人に出会えたんだね」
何も言えない。結局私は尋人に行き着いてしまうんだ。
「でもね、このままじゃいけないとは思ってるの。優しい大人の男って思って付き合ったけど、ちょっと疲れてきちゃった。本当はもっとアクティブにいろいろ付き合ってくれる人の方が好きなんだよね」
「あぁ、だから自転車通勤なんだ」
「走るのも好き、最近はボルダリングも始めたしね……そういえばあの人、こういう話をすると興味なさそうに相槌打つの。だから話すのやめちゃった」
夏実は弁当を食べ終え、片付け始める。黙ったまま水筒のお茶を口に含み、ホッと一息ついた。
「一人で考えてるとね、なんか悶々としちゃうんだ。だから今日は話せて良かった。ありがとう」
「ううん、こちらこそ話してくれてありがとう!」
「なんか言えそうな気がしてきたよ。ちゃんと別れて、私も一緒にボルダリングしてくれるような彼氏を見つけたいな」
自分がちゃんと話せたのかわからなかったが、夏実が前向きになってくれたことが嬉しかった。