忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
差し込む朝日が眩しくて、美琴は目を覚ました。
隣でぐっすりと眠っている尋人と、下半身の鈍痛により、昨夜の出来事を再認識する。
まさかこんなふうに初めてを失っちゃうなんてなぁ……でもこんなことがなければ、もしかしたら一生処女だったかもしれない。どちらがいいとは一概には言えないけれど、ただ……。
尋人の寝顔を見ながら体の奥が熱くなる。キスしたい、彼に触れたい……そう思う衝動をグッと抑える。
彼にとってはたった一夜の相手だろうし、たくさんいる女性の中の一人でしかないのはわかってる。なのにこの数時間だけでも、彼に愛されていたかのような錯覚を覚えてしまう。
初めてなのにすごく気持ち良かった……もうこれ以上の経験は出来ない気がする。
美琴はなるべく音を立てないようにベッドから下りると、パッと服を着る。サイドテーブルの上に置いてあったメモ帳に一言だけ書き残した。一夜の相手なのに、重い印象だけは残したくなかったのだ。
こんなに後ろ髪を引かれるのはなんでかな……。何度も耳元で囁かれた「愛してる」の響きがリフレインする。美琴は振り返らず静かに部屋を出た。
こういうシーン、ドラマとか漫画でよく見る。まさか自分がそんな体験をするなんて不思議。
外に出て、ホテルとバーが隣り合っていることに気付く。酔っていたので、歩いた距離までは覚えていなかった。
ホテルの前に止まっていたタクシーに乗り込むと、美琴はそっと目を閉じた。きっと忘れられないだろうな。彼の息遣い、愛してると言った声……ふと右耳に手を触れた時、いつもと違う感触に気付く。慌ててカバンの中から鏡を取り出して確認する。
これ、私のピアスじゃない。
少し太めの輪の中に、唐草のような模様の入ったシルバーのピアスは、どう見ても男性のものだった。
昨夜はお気に入りの月を象ったピアスをつけていたはずだし……。
あぁ、そうだ。尋人の耳元で揺れていたのを思い出した。
目が覚めてからずっと冷静だったのに、その時に初めて頭が混乱した。あの人が付け替えたの? なんのために? たった一夜の相手のピアスを持っていくなんて……戦利品みたいな感じ? でもそれならこんなふうに自分の痕跡を残したりする? ……いや、あの人ならするかもしれない。遊んでそうだったし。
窓から遠ざかっていくホテルを横目に、少しずつ胸が苦しくなる。
こんなこと、最初で最後。きっともう会うこともない人。好きになっても仕方ない人。このピアスは一夜の恋の思い出の品として大切にしよう……。