忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
その時お店の扉が開く。
「あれっ、美琴ちゃんってばもう来てたの? まだいないかなぁと思ったけど、早く来て正解かな? いっぱい話せるもんね」
紗世は相変わらずワンピースを身にまとい、ロングの黒髪をハーフアップにしていた。
「なんか早く着いちゃって。迷ったけど先にお店に入っちゃった」
紗世は美琴の隣に座ると、すぐさまバーテンダーに声をかける。
「季節のカクテルで! あとオススメのパスタをいただいてもいいですか?」
「あっ、じゃあ私も」
バーテンダーの男性はお辞儀をすると、カウンター奥の扉に消える。たぶんフードメニューは中で作っているのだろう。しばらくして戻ってくると、カクテルを作り始めた。
「それにしても千鶴ちゃんを呼ばないところを見ると、今日は不毛な恋についての相談?」
不倫という言葉を使わないところが紗世らしい。
「うん……この間ちょっとだけ電話で話したけど、一人でいると考えがぐるぐるしちゃって……なんかこのままどん底に落ちちゃいそう」
ある意味、今のこの状況は千鶴が引き金だった。
あれは半年前、久しぶりに三人で会うことになって行ってみると、千鶴は嬉しそうに指輪を見せてくれた。
二人で千鶴のお祝いをしたけど、内心は少し複雑だった。なんで千鶴ばっかり幸せなのかな……なんて、嫌な考えが浮かんだりもした。
一人でいいじゃない。一人で大丈夫。一人は楽。そう言い続けてきたはずなのに、急に寂しくなった。
三年前の尋人と過ごしたあの夜を思い出して、無性に誰かが恋しくなってしまう夜もあった。
そんな時に仕事の取引先の男性と、街中でバッタリと出会い、彼からのアプローチを受けて付き合うことになった。
彼は優しくしてくれたし、楽しい話をいろいろ聞かせてくれた。尋人ほどじゃないけど、久しぶりの人肌は美琴を満足させてくれた。ゆっくりとだが、交際が進んでいるように感じていた。
しかし先月、ベッドの中で彼はこう言った。
『実は結婚してるんだ。でも妻とはうまくいっていなくて、君こそが俺の運命の人だと思ってる』
美琴は愕然とした。知らなかったとはいえ、まさか自分が不倫していただなんて思いもしなかった。
でもそうすると不思議と辻褄が合う。接待で忙しいから土日は会えない。平日は早く休むからメールは朝にしよう。出られないから電話はしないように。
美琴はその言葉をそのまま信じてしまった。よく考えれば気付けたことなのに……。