彼と私のお伽噺
御曹司様と下僕
帰宅早々、鷹見 昴生が食卓で向き合って座る私に一枚の用紙を突きつけてきた。
昴生さんは私が小学生のときからの知り合いで、現在、私が住まわせてもらっている部屋の家主だ。
テーブルに片肘をついた昴生さんがエラそうな態度でそう言って、黒の油性ボールペンを用紙の上にポンと置く。
「咲凛、これにサインしろ」
目の前に置かれた用紙とボールペンを無言で数秒見つめたあと、私は視線をあげて、思いきり顔を顰めた。
「あの、これはいったいどういう意味ですか?」
「どういう意味、とは?」
私の質問に対して、昴生さんが怪訝な表情でそう返してくる。
「だから、どうして突然こんなものが出てきたのか。全く意味がわからな……」
テーブルに置かれた用紙を指先でトンッと叩いて控えめに抗議すると、昴生さんが真顔で私のことをじっと見つめてくる。
額の上で無造作に横に流した前髪、少しつりあがった眉、形の良いアーモンドアイ。目の前にいるこの男は、黙って見つめられるだけでこちらが萎縮しそうになるくらい整った顔立ちをしている。
視線で威圧された私が言葉を詰まらせると、昴生さんが口を開いた。
「お前も就職してまだ半年だし、もうちょっと段取り踏むつもりだったが……。事情が変わった。一年以内に、ニューヨークの支店に異動になると思う」
「そうなんですね。栄転ですか? おめでとうございます」
にこっと笑いかけると、ほんの少し首を横に傾けた昴生さんが、私の顔を見てため息を吐いた。