彼と私のお伽噺
「ほら、さっさと行くぞ。ハンバーグ食いたいんだろ」
さっきは食い気しかないとかバカにしてきたくせに。私のリクエストはちゃんと受け付けてくれるつもりらしい。
嬉しくなって、ふふっと笑うと、昴生さんが「何笑ってんだ」と怪訝な表情を浮かべながら、私の手を強引に引っ張った。
関係者パスを見せて楽屋前まで通してもらうと、コンサート衣装の黒のロングドレスに身を包んだ綺麗な女性が、私たちのところまで来てくれた。
「おひさしぶりです。ご招待いただいたのに、今日は両親が伺えずにすみません」
目鼻立ちのハッキリとした黒髪の美女に、私の前では態度のデカい昴生さんが、見たこともないくらい礼儀正しく会釈する。
「いえ。おじ様たちもお忙しいでしょうから、気になさらないで。また次の機会にぜひ、と伝えてください。私は、ひさしぶりに昴生くんに演奏を聴いてもらえて嬉しいです。どうもありがとう」
「いえ、素晴らしかったです」
昴生さんのことを「くん」付けで呼ぶ美女は、予想以上に彼と親しげだ。
私には「お義父さんの知り合いの娘さん」と言っていたけど、本当にそれだけなのかな。
私に対してはエラそうで横暴な昴生さんが、彼女に対して気持ち悪いくらい丁寧に接しているのもなんだか怪しい。