彼と私のお伽噺
「そんなことないよ。矢木さんには、不安や心配のない状態でアメリカに行ってほしいし」
この話はもう終わりにしたいのに、にこりと笑いかけてくる戸崎部長はなんだかとても愉しそうだ。
「昴生も学生の頃は遊び友達って感じの子がいるみたいだったけど、矢木さんのこと引き取って暮らすようになってからは、遊びでも付き合ったりしてないと思う。就職してすぐの頃、一度だけ社長の知り合いの娘さんとのお見合いを勧められてたみたいだけど、断ってたよ」
頼んだわけではないのに、戸崎部長は口元にうっすらと笑みを浮かべながらそんなことを教えてくれた。
社長の知り合いの娘さんとのお見合い……。
私が昴生さんと一緒に暮らすようになったのは、彼が就職して二年目頃だから、その話は知らない。
もしかしてその相手が、妃香さんだった可能性は……?
ぼんやり考えていると、戸崎部長が私の肩をぽんっと叩いた。
「心配しなくても、昴生は昔からそばに置いてた矢木さんのことが一番だから」
ニヤリと口角をあげる戸崎部長に、どう反応を返せばいいのかわからない。
昴生さんは小学生のときにいじめられていた私を救ってくれてそばに置いてくれたけど、私の待遇は決してお姫様なんかじゃなかった。
お姫様という言葉が似合うのは、私ではなく圧倒的に妃香さん。
戸崎部長からもらった励ましの言葉はただの気休めにしかならず、昴生さんにかつてお見合いの話が持ち上がったことがあるという事実が私の心に影を落とした。