冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
1 十三月の満月

 夕闇の低い空に、大きな赤い満月が浮かんでいる。
 満月の夜にのみ咲く満月草が、白く細い花弁を月に伸ばしては、諦めたようにポロリと地に落ちる。
 
 薄闇の中、ひとりの幼女と緑色のスライムが首のない馬がひく馬車に乗っていた。
 古城へ向かう真冬の小道は荒れ果て、カササギの鳴き声が響いている。
 一羽、二羽、三羽、七羽とカササギの数を数えたところで、幼女とスライムは古城の玄関へとたどり着いた。

 馬車の扉がひとりでに開かれる。
 ここで降りろということだ。
 幼女とスライムは馬車から降り、ポテポテと玄関ドアの前まで歩いた。

 幼女の履いていた靴は少し大きく、ポコポコと音が鳴る。
 豪華なドレスも少し大きい。すべて今夜のために彼女の父が贈ってきた物だった。

 彼女の名前はティララ。五歳の女の子だ。
 乳白色の髪は波打ち、光の加減でオパールのように輝く。
 瞳は美しい紫だが、よく見ると瞳孔が赤い。
 ワンピースの後ろのリボンは自分で縛ったために縦結びになっていた。

 彼女は、この城の主、冷血帝王と呼ばれる大魔王エヴァンの一人娘である。
 しかし、ティララの母は人間だった。そのため、ふたりは、魔王城の森の中にある安全地帯に離れて住んでいたのだ。
 安全地帯とは、傷ついた魔物や妖精たちが逃げ込む場所で、そこでの争いは禁じられているのだ。

 しかし、先日母が亡くなり、父のいる魔王城宮殿に移るよう命じられたのだ。
 いくら安全地帯とはいえ、五歳の幼女をひとり森に置いておくわけにはいかないと魔王は考えたのだろう。
 見捨てるか、引き取るかの二択の中で、後者が選ばれたのだ。

 ちなみに、この世界は大きく三つの帝国にわかれている。
 大地の帝国は、主に人族と妖精たちが暮らしている。
 闇の帝国には、モンスターと呼ばれる魔族や妖精。
 空のあるといわれている光の帝国の住人は、背中に羽を持つ神族だ。

 このうち、人族と魔族は暮らす場所が同じということもあり、複雑に絡まり合っていた。
 妖精や聖獣などは、人族と魔族の間の存在として二つの帝国を行き来していた。

 ティララの父である闇の帝国の帝王、大魔王エヴァンは、最凶の大魔王、冷血帝王と人族からも魔族からも恐れられている男だった。

 魔族は、闇の魔力が強ければ強いほど上級とされる。
 そして、上級に近いほど、神の姿に似ているのだ。人は神を模して作られたという。
 そのため、上級魔族は、美しい人の姿をし、人と同じ言葉を話し、人と変わらない生活をしていた。

 低級魔族は、いわゆるモンスターである。
 形は様々、人語を理解しても話すことはできない。不器用で知能も低いため、上級魔族は低級魔族を同じ魔族とは思っていない。そこらへんの草、もしくは虫けらぐらいに雑に扱う。

 ティララの足下にいるスライムも低級魔族だった。ティララは、母と、お手伝い役兼お守り役のスライムの三人で今まで暮らしていたのだ。

 今夜は、十三月の満月である。
 ここ魔王城では今年最後で最大の魔宴(サバト)が行われていた。
 月に一度、満月の夜に開かれるサバトでは、魔王から魔物たちに闇の魔力が分け与えられる。魔物にとって、魔王の闇の魔力は力の源であった。

 黒光りした重厚なドアの前でティララは立ち止まった。
 初めて見る魔王城のドアにワクワクとしていたのだ。

 ドアノッカーはドクロの形をしていた。ドアノブは枯れ枝のように干からびた老人の手の形をしている。

 このドアノッカー、不気味に笑うんだよね。ちょっと楽しみだったんだ!

 ティララはマンガのワンシーンを思い出し、ウフフと笑う。そして、かじかんだ手に息を吐き、温める。

 ティララがここに来るのは初めてだ。
 しかし、魔王城のことは少しだけ知っている。
 なぜなら、ティララは物心ついたときから前世の記憶があり、この世界は前世で大好きだったマンガの世界だったからである。
 実物を見たことはなくても、前世の記憶で知っていたのだ。

 ただ、残念ながら転生したのは、ラスボスの娘だった。父親に愛されず監禁され、非業の死を遂げる姫である。

 ティララは小さくため息を吐いた。

 せっかく、大好きな世界に転生したのに、これから監禁される予定だなんて! もっと世界中を観光したいのに。どうにか、魔王に嫌われず監禁されないようにしなくっちゃ!

 しかし、マンガは主人公の勇者サイドを中心に描かれていたため、魔王サイドの詳しいストーリーは詳しくわからないのだ。
 先ほどのノッカーを知っていたのは、勇者がそれに驚くコミカルシーンが印象に残っていたためだった。

 マンガのティララのことでわかっていることといえば……。

 ティララは指折り数えた。

 ひとつ、幼い頃に母を亡くし父の住む魔王城に連れてこられてこと。

 ふたつ、魔力もなく無能だったために、父親の魔王に疎まれ監禁されていたこと。

 みっつ、子供の頃に親代わりのスライムを殺されて、魔族を恨んでいたこと。

 よっつ、ティララの青い血が魔王を滅する聖剣になると神託が下り、人間の手が及ばないよう
にと、空飛ぶ帆船を持つ錬金術師と結婚させられそうになること。

 いつつ、無理矢理の結婚を嫌がったティララは魔王城から逃げだし、助け出してくれた勇者たちのために、自らの命を捧げ魔剣となり魔族に復讐を果たすこと。

 うーん……何度思い出しても、たった五つだけなんだよね。だからといって、諦めるつもりはないけど。

 さて、今夜が正念場! 大好きな世界で生き残るため、できることはなんでもやるんだから!! 

 ティララはポケットの中のアミュレットを握りしめ、大きく深呼吸すると、決意の籠もった瞳でドアノッカーを見上げた。


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