冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

12 きらいにならないで


「どーしたッスか? 突然逃げて」

「逃げる、追いかける、捕まえる」

「俺たちなんかしたっけナァ?」

 ヒヒヒヒと楽しそうに笑う人狼たち。

「まーだ、なんにもしてねーッスよ?」

「まだしてない、まだしてない」

 下卑た笑いとともに、人狼の長い爪がティララの頬に伸びてくる。

 ティララは自分自身をシーツでくるみ込んみ、ギュッと抱きしめた。

 誰か、助けて! スラピは無理。殺されちゃう。誰か!

「パパ!!」

 ティララは思わず叫んだ。ティララには頼れる人が父しかいないのだ。
 たとえ、自分が足手まといの能なしで、役立たずだったとしても。

 その瞬間、ティララと人狼の間につむじ風が起こった。

 風を切る音と同時に、現れたのは大魔王エヴァンだった。
 エヴァンはティララを背にして、人狼たちを睨みつける。
 紫の瞳の奥で赤い光が瞬いた。バタリバタリと小物の人狼たちが倒れる。

「魔王様……、こ、これは、ちょっとふざけただけッス……」

 言い訳をする人狼のリーダーを一瞥すると、エヴァンは無言で蹴りつけた。
 エヴァンのマントが翻る。
 ギャンと鳴き声が古城の廊下に響き渡った。
 人狼のリーダーは吹き飛ばされ、壁にたたきつけられていた。

「もうしわけ……」

 跪いて詫びようとした瞬間、エヴァンの靴が人狼の顔を蹴りつけた。
 周囲には血が飛び散り、牙らしい物が欠けて飛んだ。カツリと歯が落ちる音がする。

「まお……、ゆる……」

「謝罪する相手が違う」

 謝罪の言葉を紡ごうとする人狼を、エヴァンは無表情のまま蹴り続ける。
 人狼は耳を倒して、尻尾を巻き、キューンキューンと震えている。

 残虐な魔王の姿を垣間見て、ティララは恐ろしくなる。

 これじゃ、謝ることもできないじゃない!

「パパ、パパ、もうやめて! かわいそうだよ!」

 ティララの声に、エヴァンはハッとしてニッコリと微笑んだ。

「ティララは優しいな。そう言うならすぐに殺してやろう」

 エヴァンは人狼など一撃で殺せるが、そうはしなかった。
 一蹴りで殺してやるほど優しくはない。苦しめてから殺さねばと思っていたのだ。

 エヴァンは足を振り上げた。

「だめぇ!!」

 ティララの叫びにエヴァンは振り上げた足を、人狼の頭に静かに下ろした。
 そしてグリグリと踏みつける。

「そうか、王女を侮辱したのだ。見せしめもかねて、きちんと処刑すべきだったな。市中引き回しの上、絞首か? 斬首か? ティララの望む形で処罰しよう」

「ちがう! もういいの! もういいよ!」

「もういいとは?」

「ころさなくていいの。ころさないで」

「なぜだ? 私の大事な娘を泣かせたのだぞ?」

 エヴァンから真っ黒な闇が立ち上がり、あたりはヒンヤリと冷たくなる。
 人狼は、尻尾をお尻の内に巻き、ガタガタと震えている。

「パパがきてくれたからもういいの」

 ティララが潤んだ瞳でエヴァンを見上げると、エヴァンは頬を赤らめて唇の端を上げた。

「俺が来たからいい?」

「うん、パパがおこってくれたからもういいの」

 エヴァンはまなじりをヘニャリと下げた。

「ゆるしてあげて?」

 なんとか、パパを宥めないと!
 謝る前に本当に殺しちゃう!!
 効果があるかわからないけど、やるしかない!

 ティララはジッと最大限のおねだり目線を送った。

 エヴァンは顔を真っ赤にして、無言でコクリと頷くと、人狼を踏みつけていた足をゆっくりと床に降ろした。

 ……き、効いた? 

 人狼はその瞬間、バッと顔を上げて謝罪と礼を言う。

「っお姫、申し訳ありませんでした。お許しありがとうございます! ありがとうございます!」

 その様子が、まるで怒られた小犬のようでティララは思わず微笑んだ。

「うん、いいよ」

 ティララの微笑みに、人狼はキュンとなり、思わず涙ぐむ。

「お優しい、女神様です! お姫は女神様」

 ハッハと荒い息を吐き、尻尾を振った瞬間、人狼はエヴァンに睨まれた。

「駄犬め、そんなことは自明だ」

 キュィン、と人狼は額を床に付けて縮こまる。

「ところでティララ、なぜ部屋を出た。魔王城は危ないのだ。お前一人では今夜のようなことが起こる。スラピが教えてくれなければ、最悪お前は死んでいた」

 サバトの夜、魔族たちのティララに対する関心が異常だったため、エヴァンはティララの安全を考えて、部屋から出ることを禁じていたのだ。

 ティララは自分の誤解に気がついてシュンとする。

 ひとりで出歩けなかったのは、私の身を守るためだったんだ。
 私の存在が恥ずかしかったわけじゃなかったんだ。

「ごめんなさい……。パパに、どうしてもあいたくて……」

 エヴァンはティララの頭を撫で、優しい目で顔をのぞき込む。

「なぜだ?」

「……さっき、わがままいって、ごめんなさいって……。でも、もっと、めいわくかけた……。おしごとのじゃまして……ごめんなさい……」

 ティララは頭を下げて必死に謝る。

 不甲斐ない自分が情けなくて、悲しくて、消えてしまいたい。
 勝手に勘違いして、逆に迷惑をかけてしまった。
 やっぱり、役立たずで無能だ。
 それでも、嫌われたくはない。

 涙がポロポロと零れてくる。

「わたし、やくにたたないけど。いつかきっとやくにたつから……。がんばるから。だから、だから、きらいに……ならないで……」

 ティララは祈るように小さく呟いた。

 エヴァンはティララをギュッと抱きしめた。

「愛している」

 エヴァンはそっとティララの耳に囁いた。
 闇のように深く、ベルベットのように柔らかな、恐ろしくも美しいバリトンヴォイスだった。

 ティララは突然のことに、ボンと顔が真っ赤になった。
 驚きのあまり涙も止まる。

「役になど立たなくて良いのだ。お前は生きているだけで良い」

 エヴァンはそう言うと、もう一度囁いた。

「愛している。ティララ」

 ティララは撃沈した。
 エヴァンの甘い声に身も心も溶かされて、彼の胸元をギュッと掴むだけで精一杯だ。

「ティララ。お前は魔王の娘。王女なのだ。この世で一番尊い女だ」

 エヴァンは俯くティララの顎を掴み、顔を上げさせると、指先で涙を拭った。
 その指先の爪は綺麗に整えられている。

 優しげな紫色の瞳が、ティララを見つめて微笑んだ。

「迷惑をかけよ。わがままなど言えば良い。それでお前を嫌うことはあり得ないのだから」

 ティララはその言葉に瞬きした。

 前世のティララは、いわゆるお人好しだった。
 人から頼まれれば、なんでも引き受けた。
 感謝されることは少なかったが、ティララ自身それが生きがいだった。
 だからこそ、なにもできない今の自分が不甲斐なく、周りから嫌われて当然だと思っていた。

 それなのに、パパは「愛している」と言ってくれた。
 私、役に立たなくても……愛してもらえるんだ……。

 ティララの胸の中に、温かいなにかが溢れてきた。
 そのなにかがドンドン胸の中に満ちてきて、行き場をなくして苦しくなる。
 息をしたら破裂してしまいそうだ。
 しかし、その苦しさはけして嫌なものではなく、ずっと抱えていきたいものに思えた。

 息を止めて父に見入るティララを、エヴァンは笑った。

「わかったか? ティララ」

 ティララはコクリと頷いた。
 その瞬間、ポロリと涙が一粒落ちた。古城が音を吸い込まれたように静かになる。

 キラキラと輝く透明な雫は、まるで朝露から生まれたダイヤモンドのように清らかで、周囲の汚れを浄化してしまいそうだった。
 その美しさにエヴァンも人狼も息を呑んだ。

「綺麗だ……」

 熱に浮かされたように人狼が呟き、エヴァンはハッとして人狼の頭を踏んだ。

「ティララ、魔族は満月の夜に俺から闇の魔力の恵与を受ける。それから、徐々に魔力が減り、満月前の夜は飢えているのだ。飢えた魔物の衝動はいつも以上だ。闇の魔力を持たぬお前にとって、宮殿内とて安全とは言い切れん。部屋から出るときは俺と一緒だ。いいな」

 エヴァンの言葉にティララは頷いた。

 ひとりぼっちの部屋は淋しい。
 監禁同然の状態は嫌だ。
 でも、パパは心配してくれてるってわかったから、わがままを言っちゃいけない。

「でも、それじゃ、ひとりぼっちで淋しいね」

 エヴァンに踏みつけられている人狼が呟いた。

 エヴァンはハッとして、人狼を見る。人狼は慌てた。

「なんも、なんも、言ってねーっスっ!」

 エヴァンは人狼の頭をグリグリと踏みつけた。


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