冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
15 オリハルコンの金づち
「次、コブリン前へ」
ベレトが命じると、インキュバスたちと入れ替わるようにコブリンたちが現れた。 小さなコブリンふたりがくたびれた革袋を抱えている。
その前には、コブリンの長なのか、杖をついた年老いたコブリンが立っていた。
「魔宝石でございます」
年老いたコブリンがそう言って、渋々と革袋を開けて中を見せた。
中には大小様々、色とりどりの石が詰め込まれている。
魔宝石とは、魔力の籠もった石で、魔道具の核となる物だ。
魔族たちがざわめく。
「すげー、ケチなコブリンがあれだけもってきた」
「さすが魔王様」
年老いたコブリンは苦々しい顔をして、ティララにお辞儀をした。
「本当は人間の子供ごときにくれてやる物ではありませんが! ……魔王様のご命令。しかたがない……しかたなく姫様に捧げます」
ものすごく不本意そう……。
ティララは困ってしまう。
「ケーチ! ケーチ! ケーチ!」
コブリンの言い草に魔物たちがはやし立てた。
「ケチじゃない!! ワシたちは価値がわかる者にしかやりたくないだけだ!! こんな親の七光りの小娘に使いこなせるか!」
コブリンの長老が吠えた。
コブリンの言葉はティララにも理解できる。苦労して採掘した魔宝石が宝の持ち腐れになることが悔しいのだろう。
「えっと、あの、とってもたいせつなもの、ありがとうございます。あの、おきもちだけで、いいです。だいじょうぶです」
ティララが言い終わらないうちに、小さなコブリンがサッと布袋を抱き上げた。
「くれた物を断るのか? 信じられん」
「やっぱり、へん、姫様、へん」
「お姫様は馬鹿だ。魔王様に怒られる!」
魔物たちがさらにざわめく。
年老いたコブリンは信じられないというように、マジマジとティララを見た。
そして、欠けた歯でいびつに笑った。
「姫様はいい人だ。いい人にはこれをやろう」
年老いたコブリンは、腰袋から古びた金づちとタガネを取り出した。
小さなコブリンは驚いて、魔宝石の入った革袋を落とした。
足の上に落としたのか、ひとりはピョンピョンと跳びはねて足を押さえている。
「長老様! それは!! 命の次に大切な金づち!」
コブリンのひとりが慌てて、年老いたコブリンを制する。
長老と呼ばれたコブリンは、にこやかに微笑んで頭を振った。
「よい。よい。ワシはもう使っていない無用の長物だ」
「そういうことでは!」
コブリンたちのやりとりを見て、ティララは慌てた。
きっと、コブリンにとっては、たくさんの魔宝石より価値ある物なんだ!
ティララはエヴァンの膝から降ろしてもらうと、コブリンの側に駆け寄った。
「ちょうろうさま、だいじょぶよ? わたし、なにもいらないよ?」
「いやいや……姫様。ワシがアンタにあげたいんだよ」
コブリンが金づちとタガネをティララに押しつける。
ティララはコブリンの手を取り押し返す。
前世の祖父を思い出させるしわくちゃで働き者の手だった。
「醜いコブリンに触ったぞ!!」
「姫様汚い、汚れる、汚い、くさい、くさい!!」
魔族たちが騒ぎ立てる。コブリンたちは恥ずかしそうに身を竦めた。
「お姫様、ワシなんかを触っちゃいけない。汚れてしまう」
コブリンの長老は慌てて手を引っ込めようとした。
「きたなくない! がんばったてだもん!!」
ティララが言うと、コブリンたちの目に涙が滲んだ。
「そんなことを言われたのははじめてだ……」
その瞬間、金づちとタガネが銀色に輝いた。
ティララとコブリンの長老は驚いて、マジマジと金づちを見た。
そして、長老はヒュッと息を呑んだ。
「オリハルコンだ……」
「オリハルコン?」
ティララは首をかしげる。ゲームなどでよく聞く金属の名前である。
「ただの金づちとタガネが、オリハルコン製に変わった……。こんなことは初めてだ」
呆然とする長老。
「特殊効果付与したのか? 魔力はないんだろ?」
「エンチャントじゃない! オリハルコンは伝説の金属だ。エンチャントで作れる物じゃない」
ティララは周囲を見回した。魔族たちは、驚異の目を向けている。
「あ……の……?」
「やはり、この金づちとタガネはお姫様の物だよ。アンタの手で作られた、新たなアーティファクトだ。どんな硬い物でも打ち砕く、オリハルコンの金づちとタガネだ」
長老が熱に浮かされたような目でティララを見た。
小さなコブリンたちも、憧れるような目でティララを見ている。
ティララは困ってエヴァンを見た。
エヴァンは王座からティララを見て笑っている。
「ティララ、遠慮せず受け取れ。コブリンにここまで言わせて受け取らぬのは逆に失礼だ」
エヴァンに促され、ティララは頷いた。
「うん。ありがとうございます」
「ワシこそ冥土の土産に良い物を見せてもらった」
コブリンと長老たちは深々と礼をして、去って行く。
そこには魔宝石の入った革袋が残されていた。
「あ! まほうせき、わすれてる!」
ティララが言うと、小さなコブリンは振り返ってバイバイと微笑んだ。
「わざと置いていったのですよ。コブリンは自分の認めた相手には宝物を落としていくことがあるのです」
ベレトがティララの横に立ち微笑んだ。
「ほんとうにありがとうございます!」
ティララはコブリンの背中に向かって、大きく頭を下げた。
「コブリンなんかに礼なんか」
「しかも頭を下げたぞ」
「変な姫様、でも好きかも」
「うん、好きかも」
魔族たちのティララを見る目が変わっていく。
ただの人間の子供、無能で無力だと思われていたティララだが、コブリンとのやりとりで目に見えない力があるのだと思わざるを得なかった。
「姫様はすごいやつかもしれねーね……」
「さすが、魔王様の娘だ」
「娘だ! 娘だ!」
はやし立てる魔族の姿に、エヴァンは満足げに大きく頷いた。
そして、ティララを抱き上げると、大広間の中央へ進み、天に向かって指を突き立てる。
「さあ、お前たち、『ハッピーバースディ』の歌を歌え!」
「うぉぉぉぉ!!」
湧き上がる魔族の雄叫(おたけ)び。ピアノが勝手に響きだした。
ティララは両手で顔を覆って、真っ赤な頬を隠して呻いた。
「……もうやめて……ライフはゼロよ……」
ハッピーバースディの歌声の満ちる大広間に、エヴァンの指先から噴きだした闇の魔力が雨となって降り注ぐ。
魔族たちは歓喜して、その雨に打たれた。