冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
20 おきして?
ティララは「むん!」と気合いを入れて、寝室のドアを開けた。
「ルゥ。このひとはわたしのパパ。ぜったいこうげきしちゃだめよ」
小声でルゥに説明する。
「ママのパパ。ボクのジィジ。攻撃しない」
ルゥが納得したように頷いて、ティララは小さく噴きだした。
そろそろとベッドに登る。
魔王エヴァンの寝顔は、まるで神殿の彫刻のように美しい。
神の姿を写し取ったのだと言われれば、「さもありなん」と納得するような神々しさだ。
「パパ……」
ティララは小さな声で呼びかける。
「パパ、おきして?」
それでもエヴァンは目覚めない。そもそも夜に生きる闇の帝王だ。昼間の起床は辛いのだ。
「……パパ、おきして?」
もう一度呼びかけてから、ティララは意を決してエヴァンの頬に軽く口づけた。
その瞬間、カッとエヴァンは目を見開いた。
「ティララ!?」
そして、驚いたようにティララを確認する。
「うん、パパ、おきして?」
ティララの声に、エヴァンは幸せそうにヘニャリと笑った。
ティララが来るまでは見せたことのない顔だった。
この笑顔を見れば、誰もエヴァンを冷血帝王と呼ばないだろう。
そして、味わうようにティララを眺め、息を呑んだ。
肩に乗るカーバングルに気がついたのだ。
「ティララ、これはお前の守護聖獣か」
「うん。カーバングルのルゥよ」
ティララの答えを聞いて、エヴァンは満足げに微笑み、寝転んだまま愛娘の頭をナデナデと慈しんだ。
ティララはエヴァンの笑顔が貴重だということにまったく気がついてはいない。
「良いものを掘り当てたな。さすがはティララだ」
そう言うとムクリと起き上がり、ティララを抱き上げて目を剥いた。
「……ティ、ら・ラ? この格好は」
「やっぱりへん? にあわない? あのね? インキュバスとサキュバスがね? かわいいっていったんだけど……」
エヴァンは唇を噛んだまま、マジマジとティララを見る。
ティララは恥ずかしくなって顔を桃色に染めた。
ティララは白襟の黒いブラウスに、黒いコルセットがついた三段フリルのミニワンピースを着ていた。
腿が半分ほど露出したスカートを白いパニエでフンワリと膨らませ、膝上丈の長靴下と高さのある丸い靴を履いている。
いわゆる、ゴシックロリータ姿である。
エヴァンはティララをマントに包み、無言で隣の部屋へ向かった。
「やっぱり、わたし、はずかしい……?」
ティララが恐る恐る見上げると、エヴァンはティララから目を逸らした。
「そんなことない! ママ可愛い!!」
ルゥがティララの肩で否定する。
しかし、エヴァンは不機嫌そうに隣の部屋のドアを開けた。
「インキュバス! サキュバス! これはどういうことか!!」
エヴァンが大声で怒鳴りつける。スラピはピキリと硬直した。
「こんなに我が娘ティララを可愛くしてどうするつもりだ!? 攫われてしまったらどうするのだ!!」
エヴァンの怒りに、インキュバスとサキュバスはキョトンとし、噴きだした。
スラピもポヨンと溶ける。
「やだぁ! 魔王様、ティララちゃんはなに着たって可愛いのよ? マントで隠したって無駄なんですからね?」
「魔王の娘を攫うなんて、どこの勇者だよ!?」
サキュバスとインキュバスがゲラゲラと笑う。
ティララは予想外の展開にカーッと顔が熱くなった。
か、かわいい? パパ的にこれはアリな格好なんだ??
「いやしかし! こんなに可愛いティララを見たら、魔族どもが欲しがるだろう!?」
「大丈夫よ、魔王様。魔王様の愛娘で、カーバングルの守護を受ける者に手を出せる魔族なんている?」
「そうだぜ。ある意味世界最強だろ?」
「たしかにそうだが、みんなティララに心奪われてしまう!」
「いいじゃなーい! それが目的なんだし! 魔王城みんなが味方になれば、それってめちゃくちゃ強くない?」
サキュバスの言葉に、エヴァンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「しかし……しかし……、足が、足を隠せ!!」
エヴァンの絞り出すような呻きにインキュバスが腹を抱えて笑った。
「魔王様、絶対領域に撃沈しちゃった?」
「ちょっとぉ! 私の谷間が無効なのに?」
大人たちの親馬鹿ぶりに、ティララは沸騰寸前だ。
「パパ、だいじょうぶよ? わたし、そんなにかわいくないよ?」
必死に言えば、エヴァンがグヌヌと唸って顔を真っ赤にする。
「……ティララは短いスカートが好きか?」
「ううん。ほんとははずかしいの。でもね、パパがすきなら……」
ティララはエヴァンを見上げた。
ハウと胸を押さえるサキュバスたち。
ブワリとエヴァンの髪が膨らんで、バッと手を振った。
「これより命じる! ティララのスカートは膝より短くあってはならない!!」
その瞬間、紫色の風が部屋の中をかき乱した。
「きゃ!」
ティララはヒシとエヴァンの胸にすがりつく。
風が収まり、そろそろと顔を上げると部屋に散らばっていたスカートの丈は、すべて膝丈までに伸びていた。
「ちょーっと!! 魔王様! これ横暴じゃない!」
「デザインってもんがあるんだぜ! ただ伸ばせいいってもんじゃないんだよ」
サキュバスとインキュバスがブーブーと文句を言う。
ティララは自分が着ているスカートも伸びていてホッとした。
「パパ、ありがと」
「うむ、では、ゆくぞ」
大魔王エヴァンは、愛娘を肩に乗ったカーバングルことマントの中に抱き込んで昼食へと向かった。
インキュバスとサキュバスは、その背中を見て大笑いする。
「冷血帝王の通り名が信じられないよな」
「ほーんと、あんなに翻弄される大魔王様、長年使えてても初めてよね」
「それな、あれ以上、好きにならせるなんて、ぜーったい無理だぜ?」
「ほんと、姫様も難しいこと言うわよね」
ふたりは笑いながら、散らかった部屋をそのままにして出て行った。