冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
21 困ったパパ
昼食の席では、ベレトが興奮して大変だった。
ゴシックロリータ風のティララをいたく喜び、喜び、喜びすぎて、ルゥから威嚇され、エヴァンからティララに近寄るとはじき飛ぶ魔法をかけられたくらいだ。
ティララは相変わらずエヴァンの膝の上で食事を取っている。
ティララの上にはカーバングルだ。
「ミラクルストーンから、カーバングルが生まれたんですか!」
カーバングルの存在を認めたベレトは悪い顔をして目を細めた。
「エヴァン、すごいじゃないですか。カーバングルですよ?」
「ああ」
「ティララちゃんには賢者に匹敵するほどの力が眠っているのかもしれませんね」
「ああ」
「前回の夜会では魔族たちから好感を得ています。そして、守護聖獣カーバングルを手に入れた」
エヴァンは少し不機嫌だ。
「だが、転んで怪我などしたら」
「カーバングルが肩に乗っているとき、守護者は絶対に怪我をしません。もう、諦めたほうが良いですよ、エヴァン」
「……」
エヴァンはむっつりとしている。
ベレトは肩をすくめた。
「困ったパパでチュね、ティララちゃん」
ティララは意味がわからず首をかしげた。
その幼げな仕草に、ベレトは顔を赤隠して、ハワワと口元を押さえた。
「ベレト!!」
エヴァンの叱責が飛び、ベレトは顔を引き締める。
「ティララちゃん、今日から魔王城の中なら自由に出歩いて良いですよ」
ティララは信じられずにエヴァンを見た。
エヴァンは渋々と頷いた。
「パパ、ほんと?」
エヴァンは黙って腰の鍵束をティララへ渡した。
ガチャガチャと音を立てる古い鍵束は、小さなティララにはずっしりと重い。
宝石の付いた鍵、レースのような彫刻がされた鍵、小さく錆びた鍵、たくさんの鍵の中には、なぜか船の舵のようなチャームがあった。
「……なにこれ?」
「宝物庫などの鍵だ」
エヴァンが平然として答え、ティララは思わず鍵束から手を離した。
慌ててルゥが鍵束をキャッチする。
「え!? なんで? これってだいじなものでしょ? わたしがもってていいものじゃないよ……」
だって、魔王城の宝物庫の鍵でしょ? そんな鍵渡されても、責任取れないよ。
意味がわからず混乱する。指先がカタカタと震える。
「この鍵の開くところは自由に歩いて良い。すべてお前の物だ。自由にせよ」
ティララはパチクリさせてエヴァンを見た。
「……え? それって……」
宝物庫ごとくれるってこと!?
魔族の経済観念どうなってるの!?
六歳児にあげる物じゃないでしょ??
「エヴァンからティララちゃんへのプレゼントです。その鍵か開くところ、その中に入っている物、すべてティララちゃんの物ですよ」
ベレトが説明する。
ティララは震えながら深呼吸した。
たくさんの豪華な鍵。鍵を見るだけで、財宝が納められていることが想像できる。
しかも憧れの『ヘブヘル』世界の宝物たちだ。前世からずっと憧れていたのだ。
正直すっごく嬉しい。でも、ちょっと見せてくれるだけで私には充分。
宝物庫の鍵をくれるなんて、理由がわからなくて怖いし、責任が重い……。
言葉を失い、戸惑うティララを見てエヴァンが尋ねる。
「不満か?」
少し唇を尖らせて、不本意そうな顔だ。
「えっと、あのね」
「それでは不満なら欲しいものを奪ってきてやるぞ?」
エヴァンがニヤリと笑った。
ティララは慌てる。
この人、ほっとくと、暇つぶしに戦争でも始めそうなんだもん! 怖すぎる!!
「ちがう! ちがうの!! あのね、こんなにたくさんのたからもの、わたしにはもったいないかなって」
「そんなことはない。王女ならこれくらい当たり前だ」
キッパリと即答するエヴァンにティララは脱力した。
そっか、魔王からすればこれは常識なのね?
魔族の常識がわからないから動揺したけど、素直に受け取っておこう。
私は魔族だもん。魔族の常識に従ったほうが良いよね。
ティララはそう思い納得した。
しかし、未成年の王女に、宝物庫まるごと与えるなどということは、いくら魔族でも前例はない。
エヴァンがティララを溺愛しているがための暴挙である。
それに、魔王城の中を探検できるのは嬉しい!
『ヘブヘル』世界の宝物を触れるなんて、最高に幸せだもん!!
もういい。難しいことは考えない!
ティララは、浮かれてギュッとエヴァンの首にすがりつく。
「パパ! だいすき! ありがと!!」
エヴァンはコホンと咳払いをした。
「ただし、必ずカーバンクルを連れていくこと! カーバングルはティララにかすり傷ひとつでもつけさせてはならぬ!!」
「ボク、ママから離れない!!」
ルゥが元気いっぱいに答える。
「うん! わかった!」
「それで、今日はサキュバスたちと初めての勉強だったと思いますが、どうでしたか? あいつら真面目にやってます?」
ベレトが尋ねる。
ティララは興奮気味に答えた。
「うん! とってもおもしろくて、やさしいよ! このおようふくもサキュバスがえらんでくれたの」
一生懸命話すティララの様子に、エヴァンもベレトも目尻を下げる。
「とても似合っておいでですよ」
「それでね、こんど、おりょうりとおさいほうもおしえてもらうの。インキュバスがね、りょうりのごほんくれたの。キッチンつかってもいいかなぁ」
「キッチン!? キッチンなど危ない!! ベレトに作らせろ!!」
「インキュバスが料理の本を? 本の題名はわかりますか?」
「うーんと、『こいしいひとをみりょうするあいのひやくクッキング』!!」
ベレトはゴフと咽せた。
「もっと普通の本にしませんか? ベレトめが探してきますよ?」
ベレトが言えば、ティララはフルフルと頭を振った。
インキュバスのくれた本には魔法陣が載っているのだ。
普通の料理本では魔法陣の練習ができない。
「それじゃいみないの! つよくなるためのべんきょうなの!」
「強くなるため?」
ベレトが問う。
ティララはコクリと頷いた。
サキュバスたちに習った技を駆使して、おねだりをする。
両手を組んで、目を潤ませ、コテンと小首をかしげてみる。
「このほんですきなひとをみりょうするんだって。ねぇ、パパいいでしょう?」
ティララの言葉に、エヴァンが喉を詰まらせた。
「ティララっ!」
「だから、パパ、たべてね!」
天真爛漫にティララが微笑むと、エヴァンはクウと唇を噛みしめた。
「……うむ」
「ティララちゃん! ベレトめにも!」
「ベレトにはね、ふつうのあげるね!」
ハキッと答えるティララ。
ベレトはキュンと高鳴る心臓を押さえた。
なぜだかドヤ顔のエヴァン。
「ええ、ええ、普通のでかまいません」
ベレトはヘラヘラと笑った。
食事が終わり、ティララはエヴァンの膝から降りた。
午後は貰った鍵を持ち、魔王城を探検することに決めたのだ。
カーバングルの守護を得たことで、ティララは自由を手に入れた。
ワクワクと鍵を眺めるティララをエヴァンは離れがたそうに抱きしめた。
そして、娘の頬に自分の頬を擦り付ける。
「ティララ、ティララ、気をつけるのだぞ? 一滴の血も流してはならぬ。そのようなことがあれば、俺はなにをするかわからないからな」
ゾッとするような美声で囁かれ、ティララはドクリと胸が跳ねた。
……パパは私の血について気がついている……? でも、確認して知らなかったら墓穴を掘ることになるよね。
そう思い、ティララはなにも聞けなかった。ただ頷いて、ギュッとエヴァンにすがりついた。