冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
22 魔道具の墓場
ルゥがやってきてから、ティララは自由の時間が増えた。
朝食から昼食の時間までは、魔王城内を探検して遊ぶことが許されたのだ。
午後からはインキュバスたちと勉強だ。
魔王城は広い。宮殿も広いが、庭も広い。
林や小川があり、壊れ果てた温室、なにかわからない遺跡のような物もうち捨てられている。
ティララは鍵束を持って歩いていた。最近は魔王城の庭を探検するのが日課である。
はー……。『ヘルヘブ』の世界観、最高!
マンガでは敵側だから魔王城の様子はあまり描かれてなかったんだよね。
だから、見る物みんな珍しくて面白い!
探検を続けてきて、ほとんどの鍵の使い道はわかった。
宝石の付いた黄金の鍵の部屋は、ジュエリーがたくさん詰まっていた。
レースのような凝ったデザインの鍵は、たくさんの衣類が詰まっていた。
本のデザインは書庫、樽のデザインは酒蔵だった。
しかし、ひとつだけ使い道のわからない鍵があった。
なんの変哲もない小さな銀の鍵だ。ずいぶん昔から磨かれていないのだろう。
すっかりさび付いていた。船の舵のようなチャームはこの鍵に付いていた。
ティララはこの鍵が可愛くて、使い方がわからないながらも磨いてみた。
いつか使える日が来ると良いなと思ったのだ。
ティララは鍵束を持ち、とある倉庫の前に立っていた。
『魔道具の墓場』と呼ばれる倉庫で、庭に点在する手のつけられていない建物のひとつだ。
最近のお気に入りの場所である。
数ある倉庫の中で、一番雑な扱いを受け警備さえされていない。
鍵も無骨で単純な鉄の鍵だ。
しかし、ここにはいろいろな資料が乱雑に押し込められているのだ。
収蔵物リストを探しだし、確認している途中なのだ。
しかし、なにしろ物が多い。しかも、途中で記入が終わっている。
品物の数がどう見てもリストより多いのである。
そのうえ、収蔵物の名前が独特すぎた。『魔女のオーブン』だとか『賢者の金床』だとか、突き合わせて探すのも推理ごっこのようで楽しい。
部屋の奥には、岩に刺さった剣が無造作に捨て置かれていた。
実はこの剣、抜いた物が持ち主となるという伝説の聖剣である。
魔族の誰かが力業で岩ごと奪い、ここへ納められているのだ。
抜けぬなら岩ごと盗ろうホトトギズって感じ?
どこの第六天魔王よ。
だから勇者に退治されちゃうんじゃない。
この聖剣は部屋に入る度にキラキラと光り「抜け」と自己主張してくるのだが、ティララは不審に思って相手にしていない。
やだやだやだやだ、剣なんて。
青い血だって知られたくないのに、切り傷なんてゴメンだわ。
それにこれって魔剣の類いじゃない?
聖剣だったら、こんな幼女に抜けなんて言いっこないし。
ぜったい怪しいよ……。収蔵物リストの中には、聖剣も魔剣もある。
聖剣だとしても安全とは言い切れないし、むやみに触らないほうが良いに決まってる!
ティララはそう思い剣の声が聞こえないふりをした。
ティララは剣など扱えないし、魔剣など手に負えないと思ったのだ。しかし、その剣は正真正銘の聖剣だった。
魔剣だったらパパが使えばいいのに、なんで抜かないでこんなところに置いてあるんだろう?
パパって魔王のくせに全然欲がないんだから……。
そもそもエヴァンは宝物に興味関心がない。豪華な食事も欲しがらないし、豪華な衣装も欲しがらない。
欲しいものはすべて持っていると豪語する冷血帝王は、持ち物に興味はないのだ。献上されててもそのまま宝物庫へしまわれるだけだ。
換金性の高いものは、人間との取引のため金に換えられることがあるが、あとは褒美として使われるくらいだ。
博物資料のような物は忘れ去られているのも同然だった。たまにベレトが探し物に来るくらいのものだった。
しかし、ティララから見ればこここそが宝の山だった。
リストの中に、伝説の帆船スキーズブラズニルの名前があってびっくりしたけど、今のところ見つからないのよね。
マンガでは大錬金術師アクシオンの乗り物だけど、はじめは魔王城にあったってことなんだよね?
もうアクシオンの物になってるのかな? ちょっと見たかった気がするな。
リストを見ながら、今日も収蔵物のチェックを始めようとした。しかし、ふと違和感を感じた。
あれ? 今日はあの変な剣が「抜け」ってうるさくない……どうしたのかな?
ティララは不思議に思い、恐る恐る剣の様子を見に行ってみる。誰か抜いたのかもしれないと思ったのだ。
コトリ。剣の方角から小さな音がして、ティララは驚く。
鍵のかかっていた宝物庫だ。しかも恐ろしい魔王の持ち物である。
いくら警備が甘いとはいっても、こんな昼間に忍び込むのは命知らずというものだろう。 誰かがいるはずなどなかった。
ルゥが静かに肩に立ち上がった。臨戦態勢である。ティララは勇気百倍になる。
ルゥは本当に強いのだ。
ルゥさえいればティララの周りにはバリアが張られ、転んでも地面に体がぶつかることすらない。
悪意のある者は触れることすらできずに、返り討ちにあう。
「……だれかいゆ?」
しかし、緊張で思わず舌を噛む。
「ニャ、にゃぁぁぁん」
猫の鳴き声がした。
「あ、ねこか……」
ティララは引き返そうとして、ハッとした。
「って、そんなじだいげきみたいなごまかしかたあるかーい!! にんじゃじゃなかったら、どろぼうでしょ!」
ティララは思わず突っ込む。そして、声の先へ走り寄った。
そして、思わず固まった。
そこにはいたのだ。
猫が。
「え? 本当に……猫……? え、いや、猫?」
ティララは二度見した。
二足歩行の猫である。二メートルほどの長毛の黒猫が、服を着て立っていた。
雑に羽織ったベストから、白いお腹の毛がはみ出している。
ポケットのたくさん付いた作業ズボンに、エンジニアブーツを履いている。
まるで童話「長靴を履いた猫」のようだ。
がま口の革カバンを斜めがけに下げて、足元にランタンが置いてある。
ランタンの中で光っているのは、炎でできた羽根だ。
両手は思い切り剣を掴んでいた。引き抜こうとしていたようだ。
いつもは「抜け」とうるさい剣が今日はシンと黙っている。
金の目が光る。黒猫は気まずそうに、剣から両手をそぉっと離した。