冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
34 『水脈導く珠』
『魔道具の墓場』につくと、ルゥは入り口近くの籠の中で丸くなった。
ふかふかで香りの良い布団を、ティララがルゥのために用意たのだ。
エンチャントベンチの中には、丸底フラスコの口の部分が短くなった入れ物が置いてあった。
スリガラスのように曇っているが、入れ物の部分は水晶でできている。
「『女神の壺』に、純水、ハシバミの枝三本、菩提樹の花びら五片、エンジュの実七個」
「はい!!」
ニャゴ教授の指示に従い、ティララは壺に材料を入れる。
「カエルのデベソ。ミミズの目玉。キマイラの翼」
「はい!!」
「よく混ぜニャがら37度で10分加熱。その後、混ぜるのを止めて98度で3分」
3分待つ間に、エンチャントベンチを清掃し、魔法陣を描く。
「できあがった液体を試験管に移し、遠心分離機で分離するニャ」
「はい!!」
「試験管の沈殿物をピペットで吸い取って、『水脈導く珠』の中に入れ、コルクを閉める。ここで魔力を加える」
「れんせい!!」
ティララが唱えると、バインと音が響いて、『水脈導く珠』が綺麗な透明になった。
「成功ニャ」
「せいこう……」
「これに、導きの石を入れて、『希望の炉』で作ったチェーンをつければ完璧ニャ。ただ、導きの石は自分以外の誰かに入れてもらう必要があるニャ。あとで信頼する誰かに入れてもらうといいニャ」
ニャゴ教授の言葉に、ティララは顔を上げた。
「きょうじゅがいい」
「はニャ?」
「みちびきのいしはニャゴきょうじゅがいれて?」
ティララは手のひらに導きの石を置いて、ニャゴ教授に見せた。
「オレを信頼してるのニャ?」
ティララはコクリと頷いた。
「なら、しかたがないニャ」
ニャゴ教授ははにかんで笑って、肉球をポニョンと合わせた。
みるみる、猫耳の美少年に変身する。
そして、手をアルコールで消毒すると、ティララの『水脈導く珠』に導きの石を入れた。
カランと乾いた音が響く。キュッとコルクを閉め、ティララの首にチェーンをかけた。
「『水脈導く珠』よ、導きの石よ、ティララの行く先を照らし給(たま)え」
仰々しく唱えるニャゴ教授は、照れくさそうに笑った。
ティララも釣られて照れてしまう。
「ありがとうございます」
ニャゴ教授はクシャクシャとティララの頭をなで回した。
「ティララは良い錬金術師になるニャ。オレが保証するニャ」
ティララは感極まって思わずニャゴ教授に抱きついた。
教授も両手と尻尾を使って、ティララをキュッと抱きしめ返す。
その瞬間、ドンガラピッシャーンと『魔道具の墓場』に雷が落ちた。
屋根を打ち破り、ニャゴ教授の尻尾をかすめる。
尻尾の先が焦げている。ルゥが慌ててティララの肩に乗る
「ハニャぁ!?」
「はなせ」
地をはうような低い声が響く。雷の落ちた場所には、紫色の瞳を赤く燃やした大魔王が立っていた。
ビリビリするような破滅の視線に、ニャゴ教授はたじろいだ。
「パパ!?」
ティララが声を上げる。
「こいつが冷血帝王……、大魔王エヴァン……」
ニャゴ教授はゴクリと息を呑んだ。ヒリヒリと空気が焼ける。睨(ね)めつける視線に引かぬよう、足を踏ん張る。垂れてしまいそうな耳や尻尾に気合いを入れる。
「もう一度言う。ティララを離せ」
ゴロゴロと雷が鳴り響く。ルゥがキュウとティララの首に巻き付いた。ティララはニャゴ教授を押し離れ、ふたりの間に割って入った。
「パパ……」
「ティララ、そいつはなんだ」
「あ、え、っと、林で会ったケット・シーの……」
「見ればわかる。錬金術師だな?」
「ううん? ちがうよ? そんなんじゃないよ?」
ティララは慌てて否定した。
「そんなんじゃなくて、えっと」
「ならばなぜ、『水脈導く珠』の作り方をお前に教える?」
「っ! きいてたの?」
「コイツを『教授』と呼ぶのは、錬金術を教わっているからだろう。導きの石は普通、師から弟子に分け与える物だ」
ティララは焦った。毎日が楽しすぎて、幸せすぎてすっかり油断していたのだ。
でも、ふたりの師弟関係は秘密だった。
「そうニャ。オレがコイツに錬金術を教えてるニャ」
ニャゴ教授はティララを庇うように前に立った。
そして、エヴァンを睨みつけた。
エヴァンも張り合うように睨み返した。
「余計なことをするな。ティララに錬金術など必要ない」
「コイツは天才ニャ。磨けばきっと大錬金術師になるニャ!」
「ティララは王女だ。なにもせず君臨すれば良いのだ!!」
ふたりの視線がバチバチと絡み合う。
「ティララは錬金術師になりたいのニャ!」
「ならば、その師を潰すまで!!」
「娘の夢を邪魔するのが父か?」
「俺は魔王だ!!」
エヴァンが指を天に突き立てた。
指先にまがまがしい闇が集まる。
ニャゴ教授はがま口カバンから光り輝く片手剣を引き出した。
「はっ! 光の剣か! やってみよ!!」
せせら笑うエヴァンに向かって、ニャゴ教授が剣を振る。
バチンと光と闇が反発する。闇の防御は硬く、光の剣をものともしない。
エヴァンは指先だけで教授を翻弄する。
教授は肩で息を吐きながらも、果敢にエヴァンに向かって行く。
ピシリ、光の剣にヒビが入る。
ニヤリと不敵に笑うエヴァン。ニャゴ教授の毛という毛が膨らんだ。
「もうやめて!!」
バッとティララがふたりの中に割って入る。
両手を広げて、背中にニャゴ教授を庇う。
ルゥのバリアが赤く輝く。最大出力のバリアだ。
「「ティララ!! 危ない!!」」
バッとふたりが飛び退いて距離を取る。
すでに放たれたエヴァンの闇がティララの脇をかすめた。
バリリとルゥのバリアが弾ける。
赤い閃光と黒い闇がぶつかって、ティララの髪を切り落とした。
カーバングルでも、魔王に本気を出されては守り切ることができなかったのだ。