冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
4 魔王の愛娘?
だからって、諦めない! スラピを助けなきゃ!!
ティララはインキュバスを睨みあげた。バチリと目が合う。
紫色の瞳に、透明な光が盛り上がった。親代わりのスラピを失うと思ったら、激情が抑えきれなかった。
スラピが死んじゃう! スラピが死んじゃう!! 雑魚なんかに殺させない!!
涙の奥では、魔王と同じ赤い瞳孔が力強く揺らめいていた。
「赤い瞳孔!? 破滅の邪眼!?」
インキュバスはゴクリと息を呑む。
前世ではこんなこと、絶対嫌だったけど。
こんなことしたら、大魔王のパパに嫌われるかもしれないけど、スラピを見捨てるなんて無理!
今できるのはこれくらいしかないから。手段を選んでいられない!
ティララはグッと唇を噛み睨みあげ、大きく息を吸う。
「スラピ、いじめないで!」
ティララは瞳に涙をためて、大声で叫んだ。
「……は? はぁ? 低級魔族なんか……」
「スラピ、いじめないで!」
「だ、だから、ひめさん」
「スラピ、いーじーめーなーいでー!!」
うわぁぁん! とティララは大号泣した。
駄々っ子のように大声で泣くなんて、自分の無力を認めるようで本当は嫌だ。
でも、スラピのためには手段は選んでいられない。使える武器は全力で使う!
インキュバスは慌てて、片足を上げたまま魔王を見る。
「魔王様、大魔王様! 姫さん、泣いてるんですけど!!」
「見ればわかる」
大魔王エヴァンは、王座に座ったままウムと頷いた。
「アホか! 慰めろよ! 泣き止ませろよ!」
「なぜ俺が?」
「アンタの娘なら当たり前でしょーがぁ!!」
ティララは激しく泣いている。サキュバスが慌てた様子で、ティララの前に膝をついた。
「姫様、泣かないで。ね? あんまり泣くと苦しくなっちゃうわ? ね?」
「スラピ、いじめないでぇぇぇぇ」
ティララはさらに泣く。なにもできないティララに、今できることは泣いて抗議するくらいのことだ。
だからそれを精一杯する。命がけでする。
「いじめないわ、いじめないわよ? 冗談だったの、ね? そうでしょ、アンタ!!」
サキュバスがインキュバスをバシンと殴る。
「は? 冗談? スライム潰すのなんかいつも遊びだろ?」
「うっさいわね! あやまんなさいよ! 子供の泣き声は嫌いなの!! 気が狂いそうになる!!」
「あ、うん、そう、そうだよ、うん、じょうだ」
「ヴゾヅギィィィィ」
ティララはさらに泣いた。エグエグと嘔吐き、過呼吸気味になってくる。それでもティララは泣くのを止めない。
エヴァンの横に立つベレトがため息を吐いた。
「エヴァン、闇の魔力がないのに、ここであれほど体力消耗したら子供は死にます」
「そうか、どうすればよい」
「抱き上げてあやしてやれば良いかと」
ベレトの言葉を聞いた次の瞬間、大魔王エヴァンはつむじ風とともに魔法陣の中央に立っていた。
そして、ティララの腰のリボンを片手でわしづかんだ。
ティララはビックリして思わず泣き止む。
エヴァンはそのまま、ティララを片手でブンブンと揺らした。
無表情のまま、なにか唱える。低い美声である。
「ねんねん 猫のけつへ かにがはい込んで~」
ティララは耳を疑った。魔族たちもビックリして魔王をマジマジと見つめた。
これ、ママが歌ってた、子守歌だ……。
ブンブンと揺さぶられながら、ティララは呆気にとられる。
この人、もしかして、あやしてるつもりなの?
グラグラして気持ち悪い中、思わずプッと噴きだす。すると、エヴァンはティララを揺らすのを止めた。
「ぐぇ」
ティララが嘔吐いて、サキュバスが慌てた。
「魔王様、子供を物のように掴んではダメよ!」
「うむ」
エヴァンはパッと手を離した。
「きゃぁ!!」
いきなり宙づりから手を離されて、このままでは大理石に顔面衝突だ。
すんでのところでスライムがティララを受け止めた。
ボヨンとスライムの体が波打つ。
ボヨンと跳ね返ったティララは、エヴァンに両脇を捕まれた。
足がブラーンとしている。靴が抜け落ちそうだ。
ティララは驚いてマジマジと父の顔を見た。
エヴァンはサッとティララから目を逸らした。
どうしても私の顔は見たくないわけね?
ティララは悲しくなったが、ここで落ち込むわけにはいかない。
嫌われたままでは、ティララは監禁され最終的に死ぬことになる。
なんとか、父との関係を良くしなくてはならない。そう思ってここへ来たのだ。
スラピだって助かったんだもん! 諦めない! 魔王が私を嫌いでも好きになってもらうんだから!
「パパ……?」
とりあえず、媚びるように微笑んで呼びかけてみる。魔族にあるかはわからないが、父性に訴えようと思ったのだ。
エヴァンは顔を背けたままだ。
コソコソと魔族たちが囁きだす。
「本当に魔王様の娘ッスか?」
「髪違う」
「そうだ、魔王様の娘ならこんなに弱いはずがない」
「似てない、似てない」
「人間の女ごときが魔王様の子供を産めるわけがない」
「きっと女が嘘ついて」
ティララはカッとして魔族を睨んだ。
「ママをバカにしないで!!」
「ティララを侮辱するな!!」
ティララとエヴァンが同時に吠えた。ふたりの瞳の奥に赤い閃光が走る。破滅の邪眼だ。魔族たちはゾッとして、一歩下がった。
「ティララは俺の愛娘だ!」
エヴァンの言葉にティララはキョトンとして、マジマジとその顔を見る。
真剣な顔をして怒る姿は、壮絶に美しく嘘や酔狂ではないとわかった。
あれ? マンガではエヴァンはティララを嫌っていたはずだけど……。
娘じゃなくて……愛娘? 嫌われてないのかな?