冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
42 金剛石の壁
ティララは行き止まりで立ち止まっていた。
長老の言ったとおり大きな岩がドンと道を塞いでいる。
「こんごうせき……」
キラキラと眩しく光る透明な石は金剛石と呼ばれる魔宝石だった。
天然の魔法石の中では、一番硬い石である。そのため、なにかと重用される石なのだが。
「こんなに大きなもの初めて見たニャ……」
ニャゴ教授は感嘆する。
これほどの石を割るには金剛石の金づちがどれだけ必要になるだろう。
ティララはオリハルコンの金づちとタガネを取り出した。
「ちょっと待つニャ。一緒にやるニャ。オレが効果倍増の魔法をかけるニャ」
「ありがと」
ティララは礼を言い、金づちとタガネを額につけて祈る。
「ちょうろうさまのちからをおかしください」
そうして、ニャゴ教授を見る。
ニャゴ教授は後ろからティララを抱き込み、手の上に手を乗せた。
ふたりは目配せして頷きあう。
「せーの!!」
「「道よ!! 開け!!」」
ふたりはオリハルコンのタガネを金剛石の岩の中心に当て、勢いよく金づちで叩いた。
キーンと高い音が反響する。
ルゥは長い耳を両手で押さえ込んだ。
ニャゴ教授もうるさそうに顔をしかめる。
キーン、キーン、キーン。
骨まで震わすような高い音が、内耳を巡って頭の中を直接かき混ぜてくるようだ。
あまりの音にティララは眩暈を感じふらついた。
これ、物理的にも精神的にも心を殺してくるパターン……。
ティララは少し泣きたくなる。
しかし、ティララの手に乗ったもふもふの手が、ギュッと励ますように力を込めた。
ティララはそれに答えるように、歯を食いしばって、金づちをふるった。
キーン!!
ひときわ高い音が響き、金剛石がパッカリとふたつに割れた。
そして、ちょうどその間が人ひとり分ほどの道になる。
ティララはニャゴ教授を振り返った。
「やった!!」
ふたりは思わず手を合わせる。ティララは腰袋に金づちとタガネをしまった。
「さあ、行くニャ!」
ニャゴ教授はティララを抱き上げて歩き出した。暗い階段をフェニックスのランタンと、ルゥの光が照らしていく。ふたりと一匹の長い影が伸び、その先の闇に混じった。
出口らしい明かりが見えてくる。そして、出口にたどり着くと、そこには大きな泉があった。
天井から日差しが降り注いでくる。思わず顔を上げる。
筒状のようにぽっかりと空いた縦穴の底に泉があったのだ。
まるで大きな井戸のようである。
縦穴の絶壁には草木がポツポツと生えていた。
世界樹の若木のようだった。
ふわふわとケサランパサランが飛んでいる。
鳥たちの歌が遠くから反響してくる。
しかし、かなり地上からは下がっているようで、空は遠く彼方(かなた)だ。
これでは上から下りてくることは難しいだろう。
「こんなところに魔鉱泉ニャ……」
ニャゴ教授は泉に手を入れた。
コポコポと中央から湧き出ている水は、温泉と言うには冷たいが、人肌くらいのぬるさを感じる。
泉に入れた教授の毛がポワポワと泡を出す。
そしてフワフワと浮き上がった。
「羽ばたきの水ニャ」
バッとニャゴ教授は泉から手を抜いて、慌ててベストで手を拭った。
羽ばたきの水のついたベストがフワフワとたなびいてやがて元に戻った。
「はばたきのみず?」
「精製すれば飛行系の魔道具を作るときに使う、『天翔(あまかけ)る聖水』になるニャ。ただ、とても珍しい聖水なのニャ。こんなところにあったのニャ!」
ニャゴ教授はキラキラとした目で泉を眺めた。
「きっと空飛ぶ帆船スキーズブラズニルの動力になってるニャ! でも、肝心の船がないニャ」
「あのね、あれ、ちがうかな?」
ティララは泉の中央付近を指さした。そこには銀色の紙が一枚浮いている。
ニャゴ教授は怪訝な顔でティララを見た。
ティララは目を擦ってみる。
【スキーズブラズニル:空飛ぶ帆船 故障中】
長方形の吹き出しがでた。やはり、スキーズブラズニルだ。
「ぜったいそうだよ! スキーズブラズニルは、おりたためるってきいたことがあるよ?」
これは、ティララの前世の記憶だ。
ファンタジー好きなティララは、伝説のアイテムも好きだった。
以前読んだ本に、スキーズブラズニルは折りたたんでポケットに入れられると書いてあった。
「そんな話聞いてことないニャ。でもま、拾ってくるニャ」
ニャゴ教授は地面に魔法陣を描き、黒石をふたつ置いた。
そしてエンジニアブーツを履いた足で、そのふたつの石をトントンと踏みつける。
魔法陣が展開し、黒い石はエンジニアブーツに吸い込まれた。
「短時間しか効果はないニャ、過重力のエンチャントニャ」
びっくりするティララに笑ってみせる。
「にゃごきょうじゅ! だいじょぶ!?」
「大丈夫ニャ」
ニャゴ教授は足を引きずるようにして、のろのろと泉の中へ入って行く。
過重力の魔力が付与されたブーツのおかげで、泉に入っても浮き上がらないようだ。
尻尾は水に触れないようにと、フヨフヨとさまよっていた。
ニャゴ教授は銀色の紙を水の中から拾い上げると、ズルズルと足を引きずりながら泉から上がってきた。
陸に上がるとブーツを脱ぎ捨てる。
ティララのニャゴ教授は銀色の紙を見た。
まるで銀を叩いて伸ばしたようなペラリとした紙だった。正方形の折り紙のようだ。
透かしてみても特に変わった様子はない。
ニャゴ教授は銀の紙を四つ折りにしてみた。
なんの変化もない。
今度は開いてみる。すると折りじわが綺麗に消えた。
「おニャ?」
「しわがつかないね」
ニャゴ教授は大胆にぐじゃぐじゃに丸めてみる。
そして同じように開いた。
やはり、皺は付かない。
「不思議じゃニャ。見たことがない素材ニャ。こんな紙みたいなものが、空に浮き上がることもニャく、羽ばたき水に浮かんでるんニャから、スキーズブラズニルの可能性が高いニャ。だけど、どうやってこれを帆船にするのかニャ……」
ふたりは途方に暮れ、空を見上げた。丸く切り取られた空が、赤く色づいてきている。
「一旦『魔道具の墓場』に戻るニャ」
ニャゴ教授の言葉にティララは頷いた。