冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
47 陽だまりのランチョンマット
魔王城の丘の上、夕焼けの下でニャゴ教授は大の字になって眠っていた。
彼は気持ちのいいところを見つけ出すのが得意だ。
大きく柔らかなお腹が、寝息とともにフワフワと上下している。
温かそうなラグが敷かれている。フェニックスのランタンが赤く青く揺らめいて、魔法のポットが湯気を立てている。
ティララはニャゴ教授を見つけると、ルゥに「しーっ」と目配せをした。
そして、そぉっとニャゴ教授に近づき、そっと寄り添って腰掛ける。
すると、ニャゴ教授がティララを抱えこみ、自分のお腹の上に乗せた。
いつものように、もふもふの尻尾が小さなティララを包み込んだ。
ティララは小さく笑って、フワフワのお腹に顔を埋めた。
「だいすき」
ティララが小さく呟く。ヒクリとニャゴ教授が動いた気がした。
「?」
ティララは顔を上げた。
ゴワンとラグが光り輝き、バチリとバリアが反応する。
ルゥが慌てて起き上がり、棘の尾を向けた。
そこにはエヴァンが忌々しそうな顔をして立っている。
手からは焼け焦げたような煙が立っていた。
「なぜ、バリアなど張る!!」
怒鳴り込んできたエヴァンを見て、ニャゴ教授はノソノソと起き上がった。
腕にはしっかりとティララを抱いている。
「邪魔が入らないようにニャ。基本だニャ」
ニャゴ教授は飄々(ひょうひょう)と答えた。
「ティララを離せ!! 師として教えることは許したが、ベタベタ触ることは許さん!!」
「ティララが乗ってきたんだニャ」
フフフンとニャゴ教授が答える。
? ニャゴ教授がの乗せてくれたんだと思うけど?
ティララはそう思ったが、口には出さずに微笑んだ。
「きょうじゅのおなかふわふわなの。パパもだっこしてもらったらいいよ」
「はニャ!?」
ティララの爆弾発言に、ニャゴ教授は目を白黒させた。エヴァンも呆気にとられる。
エヴァンの後ろを付いてきたベレトがクスクスと笑う。
「ティララちゃん、ケット・シーは人を触るのも、人に触られるのも嫌いなんですよ」
「そうだ、ケット・シーなんて、わがままで気まぐれな風来坊だからな! いつ裏切るかわからないぞ! だから、ティララ、早くもといた場所に返してきなさい!」
エヴァンはベレトに便乗する。
「……きょうじゅ、さわられるの、やだった?」
ティララは自分を抱く大きな猫をオズオズと見上げた。
「ティララは特別ニャ」
「どこにもいかない?」
「お前の側を離れないニャ」
そういうと、ニャゴ教授はスリスリと額をティララに擦り付けた。
「こら! ティララに匂いをつけるな!!」
エヴァンはシャーシャーと怒りながら、ティララを奪い返そうとする。
ニャゴ教授は奪われまいと、ティララを抱いたままヒョイヒョイと身を躱す。
「……やめて……ぎもちわるい……よ……」
ティララは振り回されて、目がクルクル回ってくる。
「ほらほら、いい加減にしなさいよ。ティララちゃんが困っています。さて、ティララちゃん、『陽だまりのランチョンマット』見つかりましたか?」
バリアの解除されたラグに、持ってきたバスケットを開きながらベレトが助け船を出す。
ティララはニャゴ教授の腕から下りて、『陽だまりのランチョンマット』を広げた。
ベレトがその上に、持ってきた食べ物を置く。
「これは便利ですね。温かい物が温かいまま、どこででも食べられます」
「ね? つめたくなるのもあるだよ?」
ティララが言えば、エヴァンはフンと鼻を鳴らした。
「……こんなもの、魔法で」
「わたしがつくったホットビスケット、あったかいままたべてほしかったんだ」
ティララが言えば、三人と一匹は我先にとランチョンマットの上からホットビスケットを取った。
月のように輝くメープルシロップを奪うようにしてかける。
「ほらティララ、食事はここだ」
エヴァンはあぐらをかいた腿の上をポンポンと叩いた。
ティララはそこへちょこんと座る。
ルゥはティララの膝にちょこんと座る。魔王城のでの日常風景だ。
ニャゴ教授のヒゲがピクリと動いたが、ティララはそれに気がつかない。
「うむ、魔道具も悪くはないな」
エヴァンがホットビスケットを食べながら、上機嫌に手のひらを返す。
ティララは笑いながら魔法のポットから紅茶を注ぐ。
白い湯気が宵の空に吸い込まれていく。
「ティララちゅあん、今日のホットビスケットは心まで温まりますね」
「よかった」
「ママおいしい、ママのだいすき!」
ルゥは頬袋いっぱいに詰め込んでいる。
ニャゴ教授はジックリと味わったままなにも言わない。
空には宵の明星。
藤袴を揺らす秋の風。
満開のキキョウが眼下に咲き乱れている。
キラリ、黄金の瞳が夕闇に光る。
きょうじゅのめ、つきみたいできれい。
ティララは思わず見蕩れた。
「ティララの言ったとおり、ここは本当に綺麗だったのだな……」
エヴァンはしみじみと呟いた。
ティララを抱きながら見る世界は、今までと違って見える。
エヴァンの声にティララは父を見た。その視線の先には、半月を背に立つ魔王城。
城の塔では、大きな鐘がガランガランと揺れている。
太陽の残光を受けて、キラリとときおり光を反射する。
時を分かつ鐘だ。
月が昇り、太陽が身を隠す。これからは魔族の時間がはじまるのだ。
「ほんとうにきれいだね」
ティララも頷く。ベレトも頷いた。
「『なつかしのホットビスケット』に『至福のメープルシロップ』か……」
ニャゴ教授が呟きながらふたつ目を取る。
なにをつくったのか当てられたティララは驚いき目を見開いた。
「すごい……だいせいかい」
「これくらい当たり前だニャ」
ニャゴ教授は毛に付いたシロップをペリペロと嘗めている。
「お前! それ何個目だ?」
エヴァンも慌ててふたつ目を取る。
「私のホットサンドも食べてくださいよ……」
ベレトが不貞腐れる。
ティララはベレトからホットサンドホットサンドを受け取ると、大きな口を開けてアーンと頬張る。
「ベレト! おいしい!!」
「ティララちゅあんはやさしいですね」
ベレトはご機嫌に早変わりだ。
「ティララ、俺が食べさせてやる!」
エヴァンが慌てる。
「これはこうやってたべたほうがおいしいよ? パパもてづかみでアーンだよ?」
ティララが、ニヒヒと微笑むと、エヴァンはトロリと顔を蕩かし、言われたままにアーンと頬張る。
「ああ、旨い」
「でしょ?」
「ティララと食べる食事は幸せだ」
エヴァンは、冷血皇帝とはほど遠い笑顔で微笑んだ。
ティララは思わずクラリとする。
パパの笑顔は反則だわ。
ニャゴ教授が不機嫌そうに耳をヒクヒクさせる。
ベレトはポンとニャゴ教授の肩を叩いた。
「気安く触るニャ!」
シャーッと威嚇するニャゴ教授に、ホットサンドを差し出す。
「すこしは我慢してくださいよ。せっかくのピクニック、雨が降ったら嫌でしょう?」
ベレトは空を見上げる。ニャゴ教授も顔を上げた。
ティララの瞳と同じ色の夕闇が、星を抱いて瞬いている。
空には金の船のような月。
フクロウの歌声が木々の間を渡ってくる。
ビュウと秋風がティララの髪を巻き上げた。
オパール色の長い髪が銀河のようにキラキラ光る。
三人と一匹は王女の美しさに目を細めた。
終わり