冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
7 冷血暴君と愛娘
ティララが目を覚ますと、そこはエヴァンの腕の中だった。
ティララはエヴァンの服を握り絞めていることに気がつき、慌てて手を離す。
昨夜、大魔王の腹心ベレトの首が落ちたところを見て、ティララは気を失ったのだ。
そして、目が覚めたティララは今後について考えていた。
昨夜は気を失っちゃったけど……、とりあえずパパに嫌われなかったってことだよね?
ティララを抱くエヴァンが、なによりの証拠だ。
そうしたら、次どうするか、考えなくちゃ!
ティララは前世の記憶を引っ張り出して、今後の身の振り方について考えはじめた。
ここは、マンガ『ヘブンズ・ヘル・ゲート』通称『ヘブヘル』の世界である。
ティララは、物心ついたときから自分が『ヘブヘル』の世界へ転生していることに気がついていた。
『ヘブヘル』は、スチームパンクの世界観の中、勇者がモンスターを倒しならが旅をするダークファンタジーだ。
前世のティララはこの世界観が大好きだった。マンガの中で、最も推していた世界だ。
しかし、長編マンガだったこともあり、すべてを詳細に思い出すことは不可能だった。
そのうえ、主人公の勇者サイドで語られるストーリーのため、敵の魔族のことは詳しくは描かれていない。
前世では理系の大学院生だったティララは、このマンガの連載を生きる糧として生きてきた。
断れない性格で、家族もパートナーもいなかったティララは、手がかかる研究を自ら引き受けていた。
深夜三時間おきに実験経過を観察し計測するという過酷な仕事も、すべては新しい特許を取るため頑張ってきた。
お金になる特許を取得し、趣味に課金して生きる未来を夢見ていたのだ。
そして最終回の掲載された日。ティララは深夜一人きりの実験室で、計測の待ち時間に、クリーンベンチの前で『ヘブヘル』を読んでいた。
勇者は大魔王エヴァンを倒し、めでたしめでたし……とはならず、勇者パーティーは死に際の大魔王の呪いを受けて、最終的に全員死んだ。
そうして、乱れた地上を手に入れたのは、モブだと思われていた錬金術師アクシオンだったのだ。
ティララは最終回を読んで呆然とした。
たしかに、「推しは作るな。必ず死ぬ」といわれる作者だった。登場人物全員好き派なティララは、主要人物の散りゆく姿を毎回泣きながら読んでいた。
それにしたって、主要登場人物全員死ぬってある!?
絶望したティララは、思わずクリーンベンチの中に突っ伏し、気を失ったのだった。
ティララは前世の記憶を思い返し瞑目した。そして頭を振る。
前世はともかく、これからについて、考えなくちゃ。
昨夜のサバトではパパに嫌われてないことがわかったし、第一関門は突破でいいよね?
チラリとティララは顔を上げた。
大魔王エヴァンはティララを抱いて、幸せそうに眠っている。目を閉じたままでもその美しさは異常なほどだ。
実物のパパって本当に綺麗よね……。マンガでも格好良かったけど、やっぱり実物は違うな。
ティララは、魔王に抱かれて眠れたことが少し嬉しかった。愛娘と呼ばれたことが嘘ではないと思えた。
マンガのティララは、父や魔族を恐れていた。
親代わりのスライムを殺した魔族を憎んでいた。
目も合わそうとしない父は自分のことを嫌っているのだと思い込んでいた。
闇の魔力を持たない彼女は、影で魔族たちには「役立たずで無価値」と馬鹿にされていたのだ。
そのためか、ティララは魔王城に監禁されていた。
しかし、人間の巫女に「青い血の乙女より魔王を滅する魔剣が生まれる」と神託が下ることで、ティララの運命が動き出す。
青い血の乙女とは、ティララのことだったのだ。
魔族は、役に立たないどころか魔王にとって害になるティララを殺そうと言い出す。
そこでエヴァンは、ティララを魔王城に住まわせておくことが難しいと判断し、スキーズブラズニルという空飛ぶ帆船を持つ錬金術師アクシオンと結婚させようとした。
空であれば、人も魔族も手を出せないと思ったからだ。娘を殺すことは魔王でもできなかったのだろう。
しかし、ティララは錬金術師との結婚を恐れた。
自分の青い血が目当ての結婚だと思ったのだ。血を抜かれながら生きながらえるより一瞬でも自由になりたいと、魔王城から逃げ出した。
最終的にティララは勇者たちに助け出され、つかの間の自由を謳歌する。
そして、自由を教えてくれた勇者たちのために、自ら犠牲となり青い血を捧げる。 ティララは自ら聖剣となり、自分を追放した父と、親代わりのスライムをなぶり殺した魔族たちに復讐を果たすのだ。
そして、魔王は魔剣となった娘に貫かれ、娘が死して自分を殺そうとしたことを理解する。
そして、最後にティララを犠牲にした勇者たちを呪い、彼らを道連れに死んでゆくのだ。結果、錬金術師アクシオンが世界を手に入れるた。
マンガ通りだと、私もパパも勇者たちも、全員死ぬことになっちゃう!
それに、せっかく推しの世界に生まれ変わったのに、自由もなく監禁され死ぬなんて絶対嫌!
ティララは爪を噛み考える。
もうきっと、監禁はきっとされないよね? パパの邪眼で見ても、私は大丈夫だってわかったし。
あとは、青い血だってバレないようにすればいいんだ。
魔族たちは、ティララが邪眼だってさっきまで知らなかったから、きっとまだ青い血も知られていないはず。
あとは……神託かぁ……。神託が出ないようはさすがにできないよね……。
伝説の帆船を持つ錬金術師を思い出し、ティララは身震いした。
後ろ姿のシルエットしか登場はなかったが、長身の男だった。禍々しい背景のせいで良いイメージはない。
結婚相手として嬉しい相手とは思えなかった。
知らない相手と結婚とか、絶対嫌だし、しかもマッドサイエンティストってマンガで呼ばれてた。
錬金術師と結婚させられる前に、魔王城から逃げて一人でも生きていけるようにならなくちゃ!
そういえば、錬金術で血の色って変わられるのかな? 自分が錬金術師になれば、マッドサイエンティストからも逃げられて自立もできて一石二鳥なんじゃない?
ティララはひらめいた。
そうだ! そうしよう! 錬金術を勉強しよう。パパにお願いしたら錬金術を習わせてくれるかな?
やっぱり、まずは、パパにお願いを聞いてもらえるくらいに好かれないと!!
ティララは、爪を噛むのを止めた。
その途端、手を取られる。