契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした
 美冬は『落ち着かない』というその言葉の意味を本当の意味では理解していなかった。

 ふと顔を上げたら、槙野の顔がとても近くてとても切なげに美冬を見ていたりするから。

 どうしてそんな瞳で美冬のことを見ているのだろう。

 目を合わせているのが気恥ずかしくなって、かといって急にそらすこともできず、ゆっくりと美冬は目線を槙野の鼻から唇へ、と落としていく。

 精悍な顔だとはずっと思っていたけれど、近くで見るとすうっと通った鼻筋だ。

 唇も厚すぎず、薄すぎもしないそれが少し開いて白い歯がそのセクシーな唇の間からチラッと見えた時、この人色気のある人だなと頭のどこかでは冷静に思ったのだ。

 それが美冬の唇に重なって、唇の隙間から舌が入り込んできた。
 緩く舌が絡み合う合間に二人の甘くて熱い吐息が部屋の中に響いているような気がする。

 声を出さないようにしなければと思うほどに、吐息の音ばかりが大きく耳に響く。
 呼吸の音とはこんなにエロティックなものだっただろうか。

 槙野のは……っという堪えきれないようなその呼吸音が美冬の耳に届くたびに、美冬の背中を甘い電流のようなものが走り抜ける。
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