契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした
「そんなの、祐輔だけに決まってるでしょ」
「お前、俺を殺す気かよ」
 耳元で低く囁かれて、それだけで美冬はきゅんとして力が抜けそうで、ぎゅうっと槙野に掴まる。

「家まで我慢できねぇ」
「っ……な、なに言ってるのよ。大事なお仕事でしょ?」
 その時、槙野の胸元で携帯が振動した。抱きついていた美冬にもその振動は伝わる。

 槙野は名残惜しそうに美冬を離し、スマートフォンを確認した。

「うちのCEOが帰っていいってさ。取引先もいたく満足したそうだ。演し物だった訳じゃなかったんだけどな」

 美冬は両手で顔を覆った。
「あんなにたくさんの人の前で~っ」
「お前なあ、恥ずかしいというなら俺の方だろうが。あそこにいる人たちとはまだ今後も付き合いがあるんだぞ。一生言われるんだからな!」

 それを槙野が考えなかったことはないようにも思うのだが、考えなかったとすればそれくらいに美冬が欲しかったということなのだろうし、考えていたとすれば、美冬の逃げ道は絶たれたわけだ。

 どちらにしても、お互いに逃げようのない状況を作った。

 天然とか計算とかそういうことではなくて、槙野の本能的な策略なのではないか。
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