契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした
 それか、契約を守り切ろうとしているか。
(……まあ、槙野さんならどちらかというと後者よね)
 美冬はそれを契約を守り切ろうとしているのだと判断した。

「では結婚式を挙げて入籍したら、会社のことはちゃんとしよう」
 祖父は美冬にそう言った。
「約束よ」
 美冬は立ち上がる。

 横で槙野も一緒に立ち上がったのが分かった。
 その場に槙野の低い声が響く。

「椿さん、僕は美冬さんを守ります。彼女のやりたいようにやらせてあげたい。それに、ミルヴェイユは素晴らしいブランドで、彼女も会社を愛している。それは理解しています」

 そうして槙野は美冬の肩を抱いた。
 祖父からはとても大事にしているように見えるだろう。

 少しだけちくっとしたその胸の痛みには美冬は気付かなかったふりをした。

「ふうん。まあ、幸せになりなさい」
「なるわよ。見てて」
 そう言って美冬はぎゅうっと槙野の腕にしがみついたのだった。

 槙野は一瞬ぎょっとしていたようだったけれど、ふっと笑って美冬の頭を撫でる。
 ほんっとにこんなに甘いの、ズルくない?

「おじいちゃん、また来るね」
 笑って美冬は祖父に向かって手をひらひらさせた。そうして二人で病室を出る。

 しばらく歩いて美冬と槙野は一斉にため息をついた。
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