離婚するはずが、心臓外科医にとろとろに溶かされました~契約夫婦は愛焦れる夜を重ねる~
これは、診療費後払いシステムの告知ポスターで、最近九王総合病院に導入されたこのシステムは患者が事前に個人情報やクレジット番号を登録しておくと、受診後診療費の支払いがクレジット決済されるという便利なものだ。
 診察後会計を待たずにそのまま帰宅できるのでとても楽だ。

 会計業務の集中を避けられ、混雑緩和にもつながる。病院側もどんどん普及させたいと考えているのだが、ちょうどベンダーから新しいポスターが届いたので、既に各科の待合や病棟の掲示物コーナーに貼ってあるものを貼り変えようと思っていた。

 パソコン作業で座りっぱなしで体が痛いし、いい気分転換にもなる。そう思って凛音はポスターを胸の前に抱えるようにして医事課を出た。

 愛用の黒いナースサンダルをパタパタと鳴らしながらまずは病棟に向かう。

(今日は暁斗さんの好きなものを作って帰りを待とう。それで、あまり暗くならないように話をしなきゃ。明日離婚、とはならなくても、数残り少ない結婚生活になる事は間違いないもんね。仕事も近々辞める事になるだろうから、居られるうちは出来る限りがんばろう)

 歩きながら凛音は考えていた。お腹に宿る守るべき存在が、自分に強さを与えてくれた気がする。

 不安な気持ちでいるより、無理やりにでも前向きに考えたのが良かったのか、昨日まで感じていた怠さもあまり感じなかったし、仕事も随分捗った。

 ――だから、油断してしまったのかもしれない。
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