離婚するはずが、心臓外科医にとろとろに溶かされました~契約夫婦は愛焦れる夜を重ねる~
「ちょっと、どうしたの?凛音ちゃん、顔色が悪いわよ」

 スマートフォンを持ったまま、立ちすくむ凛音の顔を博美が心配気に見てくる。
 凛音は自分の手元が震えているのを感じていた。

「――あの、博美さん、もう退勤してもいいですか?」
「え、いいけど大丈夫?今、雨風すごいわよ」
「すみません、後よろしくお願いします」
「え、凛音ちゃん?」
 
 心配してくれる博美に頭を下げ、鞄をサッと掴んだ凛音は踵を返すと職員用出入口に走った。

 傘が殆ど役立たない風雨の中、病院を出ると濡れるのも構わず早足でマンションに向かった。

(暁斗さん……!)

 凛音の胸は言い知れぬ焦燥感で潰されそうになっていた。




 凛音の父が亡くなったのは4年と少し前の7月、台風の日だった。
 
 大学生だった凛音は3年生。遼介は1年生になっていた。
 その日、遼介はアルバイト先の塾の夏期合宿で長野に滞在しており自宅にいなかった。

 父は朝から顔色が悪かったのだが『ちょっと怠いだけだから大丈夫。今日は早めに配達を済ませて家で寝るよ』と言っていたので心配しながらも凛音は大学に登校した。
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