三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
今日までは毎日、舞台があったから。食事もある程度規則的だったけど。
これからはそうもいかなくなる……よね?
わたし、俳優さんがどんな感じでお仕事してるのか、あんまりよく知らないんだけどさ。
「うん、取り敢えずはね、明日から二日間はお休み」
「お休みですか! 良かったぁ」
わー、ちゃんとお休みがあるんだ! 良かった!!
いつも忙しそうだったもんねぇ、累さん。
「俺今回の舞台の入り直前まで、結構仕事、詰まってたから。終わったら、ちょっとまとまってゆっくりしようって話だったんだ」
えっ、「まとまって」二日ですか……。ただの週末と同じじゃないですか……。ハードすぎる。
「だからね、スズちゃん。もし買い出しとかするなら、俺手伝うよ」
えっ?
「俺が食べる分、買い物の量増えてるでしょ。大変じゃない?」
食料品って、嵩もあるし重いもんね。累さんはピクルスを摘まみながら、にこにこそう続ける。よ、よくご存知で……。
「俺、昔はよく姉ちゃんに荷物持ちしろって言われたんだ。家族三人分の食料、あたしひとりに全部持たせる気かって」
なるほど先輩。さすがっす! そこに痺れる憧れる、つまりいわゆるところのしびあこっス!
「持ってみたら、結構重いんだよね。食料品って。お米とか調味料とか、平気でキロ単位だし」
そうですね、お味噌とか普通1キロとかですしね。
だがしかーし!!
「でも、せっかくのお休みじゃないですか。わたしは仕事ですし、仕事帰りに買い物するんで、大丈夫ですよ」
だからっておいそれと荷物持ちなんてさせられるかーい!
買い出しが荷物多くなるのは当然! そしてそれは、料理番の仕事です!!
「あ、そうだよね。スズちゃんお仕事だよね、明日月曜日だし」
「はい。だから」
気にしないで、ゆっくり休んで下さい。笑顔でそう続けようとしたわたしを。
「じゃあ、仕事場まで迎えに行ったほうがいいかな。何時に終わる? 待ち合わせしようよ」
累さんはそれはもう、辺りを照らすようなぴっかぴかの笑顔で輝かしくそう仰った。
いやいやいやいや。
「いえあのそれはさすがに申し訳なく!」
「なんで。申し訳ないのは俺のほうでしょ。ただでさえ、明日も仕事なのにこんな時間まで付き合わせてるのに」
「いえわたしいつも寝るのは一時二時なので! 普通です!!」
「そうなの? ちゃんと寝てる? 無理なんかしちゃだめだよ。付き合って起きてなくてもいいんだからね。……とか言いつつ、」
そこで言葉を切って、累さんはニヤリ、と見た事のない、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「こうして付き合わせてるのも、俺なんだけど。……おかえりなさい、ってスズちゃんに迎えて貰えるの、いいね。すごくグっと来る」
砂ッ。
……いや砂にはなりませんけど今サラサラって音が耳元で聞こえたよね、吸血鬼ほどじゃなくてもオタクすぐ死ぬんですよ、いやまじで危なかったほんの致命傷だったぜ!!
「だから、迎えに行くよ。結局食べるの俺なんだから、お礼にもならないけど。六時頃かな?」
「ハイそうですけど、あの」
あかん魂が抜けかけて、うまいことお断りする言葉が浮かんでこない。やばい。大ピンチ。
「じゃあ、車で行くからね。たくさん積めるから、重い物たくさん買っておこう」
「いえあの、はい」
「じゃあ、ごちそうさまでした。お皿、こっち?」
「あっいえわたしが運びますので! おかまいなく!!」
空になったお皿を片手に累さんが立ち上がったので、慌ててわたしも立ち上がった。
「食べた物くらい片付けるよ? 毎回言うけど、洗い物とかも」
「いえいえいえいえうちのごちゃごちゃなキッチンで累さんのお手を煩わせる訳にはいかないので!」
「え、スズちゃんのキッチン、きれいでかわいいよね。小物とか花とか飾ってあって、すごくかわいい」
「ありがとうございますでも大丈夫ですお気遣いなく!!」
あんなきれいな指の長い骨張った手、手だけでも手タレになれるくらいの完璧な手が洗い物なんかで荒れたらどうするんですか勿体ない!!
「そう?……洗い物くらいなら、俺も出来るんだよ。昔は姉ちゃんにみっちりやらされたし。食ったんなら洗え、ってさ」
累さんはちょっと不満そうにそう言ったけど無理。というか先輩さすがっす啓蒙はバッチリだ!
「だからね、俺にもやらせて?」
「じゃあまた今度! また今度で……!!」
今日はわたしがやりますから、とお皿を掻っ攫い、トレイにぽんぽん乗せていく。
実際、一人分のお皿なんて大した枚数じゃないんだよね。実家でお手伝いしてた時とか四人分で、シンクいっぱいに積み重なってたもん。楽だよ手間にもならないよめっちゃ楽だよ!
「じゃあ、あんまり遅くなっても申し訳ないし、俺、今日はこれで。ごちそうさま、スズちゃん。本当においしかった」
食後のお茶をクイっと飲み干して、わたしがわたわたしてるうちに累さんは静かに立ち上がった。
「あ、はい、お粗末様でした」
「じゃあ明日、六時頃に。迎えに行くね。帰り支度もあるし、少し遅れたほうがいいかな? 連絡するよ」
えっあっちょっ、ちょっと待っ。
「それじゃあ、暖かくして休んでね。……おやすみ」
あああああああああ……!!
「また明日、ね」
洗い物に気を取られてるうちに上手いこと言えないまま明日の予定が決定してしまった……!
なんたるミス。致命的なミス!!
呆然としているわたしの前で、無情にもパタンとドアが閉まる。
そうして、上機嫌な推しがひらひらと笑顔で手を振っていく残像を反芻しながら、わたしはただ玄関に立ち尽くすしかなかったのだった。……
これからはそうもいかなくなる……よね?
わたし、俳優さんがどんな感じでお仕事してるのか、あんまりよく知らないんだけどさ。
「うん、取り敢えずはね、明日から二日間はお休み」
「お休みですか! 良かったぁ」
わー、ちゃんとお休みがあるんだ! 良かった!!
いつも忙しそうだったもんねぇ、累さん。
「俺今回の舞台の入り直前まで、結構仕事、詰まってたから。終わったら、ちょっとまとまってゆっくりしようって話だったんだ」
えっ、「まとまって」二日ですか……。ただの週末と同じじゃないですか……。ハードすぎる。
「だからね、スズちゃん。もし買い出しとかするなら、俺手伝うよ」
えっ?
「俺が食べる分、買い物の量増えてるでしょ。大変じゃない?」
食料品って、嵩もあるし重いもんね。累さんはピクルスを摘まみながら、にこにこそう続ける。よ、よくご存知で……。
「俺、昔はよく姉ちゃんに荷物持ちしろって言われたんだ。家族三人分の食料、あたしひとりに全部持たせる気かって」
なるほど先輩。さすがっす! そこに痺れる憧れる、つまりいわゆるところのしびあこっス!
「持ってみたら、結構重いんだよね。食料品って。お米とか調味料とか、平気でキロ単位だし」
そうですね、お味噌とか普通1キロとかですしね。
だがしかーし!!
「でも、せっかくのお休みじゃないですか。わたしは仕事ですし、仕事帰りに買い物するんで、大丈夫ですよ」
だからっておいそれと荷物持ちなんてさせられるかーい!
買い出しが荷物多くなるのは当然! そしてそれは、料理番の仕事です!!
「あ、そうだよね。スズちゃんお仕事だよね、明日月曜日だし」
「はい。だから」
気にしないで、ゆっくり休んで下さい。笑顔でそう続けようとしたわたしを。
「じゃあ、仕事場まで迎えに行ったほうがいいかな。何時に終わる? 待ち合わせしようよ」
累さんはそれはもう、辺りを照らすようなぴっかぴかの笑顔で輝かしくそう仰った。
いやいやいやいや。
「いえあのそれはさすがに申し訳なく!」
「なんで。申し訳ないのは俺のほうでしょ。ただでさえ、明日も仕事なのにこんな時間まで付き合わせてるのに」
「いえわたしいつも寝るのは一時二時なので! 普通です!!」
「そうなの? ちゃんと寝てる? 無理なんかしちゃだめだよ。付き合って起きてなくてもいいんだからね。……とか言いつつ、」
そこで言葉を切って、累さんはニヤリ、と見た事のない、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「こうして付き合わせてるのも、俺なんだけど。……おかえりなさい、ってスズちゃんに迎えて貰えるの、いいね。すごくグっと来る」
砂ッ。
……いや砂にはなりませんけど今サラサラって音が耳元で聞こえたよね、吸血鬼ほどじゃなくてもオタクすぐ死ぬんですよ、いやまじで危なかったほんの致命傷だったぜ!!
「だから、迎えに行くよ。結局食べるの俺なんだから、お礼にもならないけど。六時頃かな?」
「ハイそうですけど、あの」
あかん魂が抜けかけて、うまいことお断りする言葉が浮かんでこない。やばい。大ピンチ。
「じゃあ、車で行くからね。たくさん積めるから、重い物たくさん買っておこう」
「いえあの、はい」
「じゃあ、ごちそうさまでした。お皿、こっち?」
「あっいえわたしが運びますので! おかまいなく!!」
空になったお皿を片手に累さんが立ち上がったので、慌ててわたしも立ち上がった。
「食べた物くらい片付けるよ? 毎回言うけど、洗い物とかも」
「いえいえいえいえうちのごちゃごちゃなキッチンで累さんのお手を煩わせる訳にはいかないので!」
「え、スズちゃんのキッチン、きれいでかわいいよね。小物とか花とか飾ってあって、すごくかわいい」
「ありがとうございますでも大丈夫ですお気遣いなく!!」
あんなきれいな指の長い骨張った手、手だけでも手タレになれるくらいの完璧な手が洗い物なんかで荒れたらどうするんですか勿体ない!!
「そう?……洗い物くらいなら、俺も出来るんだよ。昔は姉ちゃんにみっちりやらされたし。食ったんなら洗え、ってさ」
累さんはちょっと不満そうにそう言ったけど無理。というか先輩さすがっす啓蒙はバッチリだ!
「だからね、俺にもやらせて?」
「じゃあまた今度! また今度で……!!」
今日はわたしがやりますから、とお皿を掻っ攫い、トレイにぽんぽん乗せていく。
実際、一人分のお皿なんて大した枚数じゃないんだよね。実家でお手伝いしてた時とか四人分で、シンクいっぱいに積み重なってたもん。楽だよ手間にもならないよめっちゃ楽だよ!
「じゃあ、あんまり遅くなっても申し訳ないし、俺、今日はこれで。ごちそうさま、スズちゃん。本当においしかった」
食後のお茶をクイっと飲み干して、わたしがわたわたしてるうちに累さんは静かに立ち上がった。
「あ、はい、お粗末様でした」
「じゃあ明日、六時頃に。迎えに行くね。帰り支度もあるし、少し遅れたほうがいいかな? 連絡するよ」
えっあっちょっ、ちょっと待っ。
「それじゃあ、暖かくして休んでね。……おやすみ」
あああああああああ……!!
「また明日、ね」
洗い物に気を取られてるうちに上手いこと言えないまま明日の予定が決定してしまった……!
なんたるミス。致命的なミス!!
呆然としているわたしの前で、無情にもパタンとドアが閉まる。
そうして、上機嫌な推しがひらひらと笑顔で手を振っていく残像を反芻しながら、わたしはただ玄関に立ち尽くすしかなかったのだった。……