三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
◇
とある全国チェーンの大手スーパー。
……の、本社ビル内にあるワンフロア。
東京支店が、わたしの勤務先。
本部の仕事は全国の展開に関する諸々だけど、それとは違って、都内にある各店を統括するのがうち、東京支店な訳だ。
わたしは経理部にいて、各店から上がってくる膨大な量の仕入伝票を全てPCに入力、管理するのが、主な受け持ちです。
これがまあ。まあね。
天職……ッ!
ズラリと並んだデスクは簡易パーテーションで囲われていて、集中出来るように配慮されている。ビバ疑似個室。
そこで一日中延々黙々、伝票に記入された円以下、銭の単位まである細かい数字をPCに入力していく。
使うのはほぼほぼテンキーとタブ、エンター、たまに矢印とマウス。あまり人と喋ることもなく、それはもうずーっとキーボードに向かってカタカタカタカタ。
チャットと原稿作業で鍛えられたわたしのタイピングが唸る。一枚を何秒で入力できるか、一日ノーミスで入力を終えられるか。こうなってくるともうね、あれね、タイピングゲーム感覚!
元々、一人でいるのが全ッ然苦にならない、むしろお一人様上等! なコミュ弱なので、もうホントにこの仕事が天職だと思うの。
わたしが入力しなければならないのは、都内二十六店舗全ての仕入伝票。青果、畜肉、日配食品。勿論それだけじゃなくて細々と入荷している衣料から日用品まで多岐に渡る。
毎日、一店舗あたり百枚近くに及ぶそれを、都内全店分。結構な量があるけど、これをきちんと登録しないと卸しさんへの支払いが滞るし、そうなればもう、商品が入荷できない。
地味に販売を支える仕事だよね、って思う。
「……よしっ」
今日も最後の一枚、多磨西支店の伝票を入力して、時計に目をやる。
午後、五時四十六分。決算期でもない限り、基本、残業のない我が部署。もうすぐ退勤だ、と考えて、わたしは途端ソワァ……と落ち着きをなくし始めた。
だってもうすぐ六時ですよ。退勤ですよ。
累さんが! お車乗って来てしまう……!!
「いいいいイヤイヤやっぱ夢なんじゃないかと思うんですよね推しが画面のこっち側に居るとかあまつさえ人間関係が……人間関係の中に組み込まれてるというかつまり関わりがあるというかそういうのまじムリじゃないっスかねいやたしかに画面のこっち側に出て来てくれないかなと思った事はあるけどまさか本当に出て来るわけないじゃないですか自分と関わるわけないじゃないっスかやっぱり夢ですよね夢だあー良かった……」
書類を片付けながら軽く現実逃避をしていると。
「ヒッ!」
ヴーっ、ヴーっとスマホが震えた。
おそるおそる手を伸ばして、電源を入れる。チャリっ、とカグツチのラバーストラップとイメージストーンチャームが触れ合って、微かな音をたてた。
『お疲れさま。残業とか大丈夫? そろそろこっちを出るよ。変更がなければ、このまま迎えに行くね』
ヒーーー!!
アプリを開くまでもなく、しっかり表示される通知。累さんからのラインだった。まじかまじですかまじですね夢じゃなかった……!
どどどどーしよ。
ぶっちゃけ買い物は社割が利くのでうちでしようと思ってたんですよ、本社ビルの少し先にあるんですよねちょっと規模が大きめの店舗が。
でもさそんなとこに累さん連れて行けないじゃない!?
ていうか累さんがいくらモブで料理番のわたしとはいえ女の子と連れ立って買い物とかしてたらヤバいじゃない!?
いやたしかにルイさんてオフショットでも前髪下ろしてるところなんて今までおおやけには見せてないから、気付かれないかも知れないけど! 現にあまりにもイメージ違いすぎてわたしも最初気付かなかった訳ですけども!!
ここにきて、わたしはあまりの事態にキョドってる。
正直、うちで累さんにごはん出してても、あんまり現実感なんてなかった。
この人はあのルイさん、って解ってたし、それで勿論繰り出されるファンサにヒーヒー言ってた訳だけども、どっかでルイさんじゃなくて累さんって別にしてたような、ていうか現実感とかなかった。
だって、夜にうちっていう閉鎖的な空間でだけ、しかも夜にだけしか会ってなかったし。
消えてく買い込んだ大量の食料品は現実だったけど、どっかふわふわしてて、自分があの「ルイ」さんにごはん出してるとか、やっぱり夢の中みたいな気持ちが、してた。
だけど、こうやって。
仕事とか、買い出しに行くスーパーとか。
自分の普段の生活圏に、しんしんと累さんが浸食してきたことで、途端に実感する。
ああ、これは現実なんだ。
わたしの人生、人間関係の中に、画面の向こう側の住人だった累さんが入って来てるんだ、って……。
それはまるで、二次元の浸食。
だって、だってさ。
ぶっちゃけ、芸能人なんて二次元と同じだって思ってた。だって同じ次元に生きてたって、まあ舞台とか生で見られるものもあるけど、大半はPCの向こう側に見るものだもの。
同じ世界に生きてる実感なんて、ない。
関わる事も、触れることもない。いやまあ握手会とかあるかも知れないけどさ。
私の人生の中に、入り込んでくることなんてないじゃない。
こっちが勝手に見て勝手に励まされる。勝手に好きだ、って堪らなくなる。
そういう関わり方なら、アニメやゲームのキャラクターと、俳優さんやミュージシャンとかの推しって変わりがないって思ってた。
だからルイさんを推すのも、ゲームのカグツチを推すのと全然変わらなくて……。
「………………っ」
わたしはちょっとだけ、震えた。
何だか、怖いな。
わたしの現実、代わり映えしない毎日。いくらネットやイベントでキャーキャーしてたって、今を生きるわたしは、どこにでもいて十人の中にとぷんと埋もれてしまう面白みのない人間。ただのOL、ただの事務員。
特技もなければ何もない。ただ毎日、推しの尊さにキャーキャー騒いで、その繰り返しなだけの人生のはずだった。
……なのに。
とある全国チェーンの大手スーパー。
……の、本社ビル内にあるワンフロア。
東京支店が、わたしの勤務先。
本部の仕事は全国の展開に関する諸々だけど、それとは違って、都内にある各店を統括するのがうち、東京支店な訳だ。
わたしは経理部にいて、各店から上がってくる膨大な量の仕入伝票を全てPCに入力、管理するのが、主な受け持ちです。
これがまあ。まあね。
天職……ッ!
ズラリと並んだデスクは簡易パーテーションで囲われていて、集中出来るように配慮されている。ビバ疑似個室。
そこで一日中延々黙々、伝票に記入された円以下、銭の単位まである細かい数字をPCに入力していく。
使うのはほぼほぼテンキーとタブ、エンター、たまに矢印とマウス。あまり人と喋ることもなく、それはもうずーっとキーボードに向かってカタカタカタカタ。
チャットと原稿作業で鍛えられたわたしのタイピングが唸る。一枚を何秒で入力できるか、一日ノーミスで入力を終えられるか。こうなってくるともうね、あれね、タイピングゲーム感覚!
元々、一人でいるのが全ッ然苦にならない、むしろお一人様上等! なコミュ弱なので、もうホントにこの仕事が天職だと思うの。
わたしが入力しなければならないのは、都内二十六店舗全ての仕入伝票。青果、畜肉、日配食品。勿論それだけじゃなくて細々と入荷している衣料から日用品まで多岐に渡る。
毎日、一店舗あたり百枚近くに及ぶそれを、都内全店分。結構な量があるけど、これをきちんと登録しないと卸しさんへの支払いが滞るし、そうなればもう、商品が入荷できない。
地味に販売を支える仕事だよね、って思う。
「……よしっ」
今日も最後の一枚、多磨西支店の伝票を入力して、時計に目をやる。
午後、五時四十六分。決算期でもない限り、基本、残業のない我が部署。もうすぐ退勤だ、と考えて、わたしは途端ソワァ……と落ち着きをなくし始めた。
だってもうすぐ六時ですよ。退勤ですよ。
累さんが! お車乗って来てしまう……!!
「いいいいイヤイヤやっぱ夢なんじゃないかと思うんですよね推しが画面のこっち側に居るとかあまつさえ人間関係が……人間関係の中に組み込まれてるというかつまり関わりがあるというかそういうのまじムリじゃないっスかねいやたしかに画面のこっち側に出て来てくれないかなと思った事はあるけどまさか本当に出て来るわけないじゃないですか自分と関わるわけないじゃないっスかやっぱり夢ですよね夢だあー良かった……」
書類を片付けながら軽く現実逃避をしていると。
「ヒッ!」
ヴーっ、ヴーっとスマホが震えた。
おそるおそる手を伸ばして、電源を入れる。チャリっ、とカグツチのラバーストラップとイメージストーンチャームが触れ合って、微かな音をたてた。
『お疲れさま。残業とか大丈夫? そろそろこっちを出るよ。変更がなければ、このまま迎えに行くね』
ヒーーー!!
アプリを開くまでもなく、しっかり表示される通知。累さんからのラインだった。まじかまじですかまじですね夢じゃなかった……!
どどどどーしよ。
ぶっちゃけ買い物は社割が利くのでうちでしようと思ってたんですよ、本社ビルの少し先にあるんですよねちょっと規模が大きめの店舗が。
でもさそんなとこに累さん連れて行けないじゃない!?
ていうか累さんがいくらモブで料理番のわたしとはいえ女の子と連れ立って買い物とかしてたらヤバいじゃない!?
いやたしかにルイさんてオフショットでも前髪下ろしてるところなんて今までおおやけには見せてないから、気付かれないかも知れないけど! 現にあまりにもイメージ違いすぎてわたしも最初気付かなかった訳ですけども!!
ここにきて、わたしはあまりの事態にキョドってる。
正直、うちで累さんにごはん出してても、あんまり現実感なんてなかった。
この人はあのルイさん、って解ってたし、それで勿論繰り出されるファンサにヒーヒー言ってた訳だけども、どっかでルイさんじゃなくて累さんって別にしてたような、ていうか現実感とかなかった。
だって、夜にうちっていう閉鎖的な空間でだけ、しかも夜にだけしか会ってなかったし。
消えてく買い込んだ大量の食料品は現実だったけど、どっかふわふわしてて、自分があの「ルイ」さんにごはん出してるとか、やっぱり夢の中みたいな気持ちが、してた。
だけど、こうやって。
仕事とか、買い出しに行くスーパーとか。
自分の普段の生活圏に、しんしんと累さんが浸食してきたことで、途端に実感する。
ああ、これは現実なんだ。
わたしの人生、人間関係の中に、画面の向こう側の住人だった累さんが入って来てるんだ、って……。
それはまるで、二次元の浸食。
だって、だってさ。
ぶっちゃけ、芸能人なんて二次元と同じだって思ってた。だって同じ次元に生きてたって、まあ舞台とか生で見られるものもあるけど、大半はPCの向こう側に見るものだもの。
同じ世界に生きてる実感なんて、ない。
関わる事も、触れることもない。いやまあ握手会とかあるかも知れないけどさ。
私の人生の中に、入り込んでくることなんてないじゃない。
こっちが勝手に見て勝手に励まされる。勝手に好きだ、って堪らなくなる。
そういう関わり方なら、アニメやゲームのキャラクターと、俳優さんやミュージシャンとかの推しって変わりがないって思ってた。
だからルイさんを推すのも、ゲームのカグツチを推すのと全然変わらなくて……。
「………………っ」
わたしはちょっとだけ、震えた。
何だか、怖いな。
わたしの現実、代わり映えしない毎日。いくらネットやイベントでキャーキャーしてたって、今を生きるわたしは、どこにでもいて十人の中にとぷんと埋もれてしまう面白みのない人間。ただのOL、ただの事務員。
特技もなければ何もない。ただ毎日、推しの尊さにキャーキャー騒いで、その繰り返しなだけの人生のはずだった。
……なのに。