三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
「……っ、る、……さ……」
杉山くんのその腕を、累さんが、引き留めるみたいに捕まえてた。
そうして、さっとわたしを、大きな背中の後ろに隠してくれる。
「スズちゃん、お疲れさま。ごめんね、遅くなっちゃったかな。……知り合い?」
ちら、といつもの、目元が見えないもしゃ毛の前髪の下から、やさしげな眼差しが降る。
「はい」
わたしはそれに、どうしてかものすごく、ホッとした。
「会社の同期の人で、その」
「ああ、そっか。同僚?」
「はい」
「ふうん。……しつこいナンパでもされてるのかと思った」
にっこり笑って、累さんはそれからやっと、杉山くんの腕を離した。
「ごめんね、俺誤解したみたいだ。でも、この子、こういうのあんまり慣れてないから。軽い子じゃないんだ。だから、極端に近付くの、やめてあげてね」
「……ああ、なるほど」
杉山くんは、虚を突かれたような顔をしてた、けど。
こちらもにっこり笑って、取り返した手でネクタイを緩めてた。
そうして、くるり。
「ごめん、俺、気が急いちゃった。涼水さん」
累さんの背中に隠れたわたしを覗き込むようにして、笑う。
「あとで連絡するよ。涼水さんいっつも捕まらないからさ、やっと会えたって焦っちゃった。ちゃんと決めて、今度ゆっくり、食事しに行こう」
「え……と、あの、(同期会のことは)……はい」
何で食事行くことになっちゃってんだろ。
でもまあ、同期会のことは解った。ああいうのの幹事って持ち回りだしなあ、下手に頑なに断るより、一回やっちゃったほうがあとあと楽ではある。
「うん、じゃあ、また明日ね涼水さん。気を付けて帰ってね」
「はい。どうも。……お疲れさまでした」
さすがに隠れっぱなし、という訳にもいかないので、ひょこりと累さんの影から顔を出して、会釈する。
ばいばい、と爽やかに手を振って、杉山くんは来た時と同じようにまた唐突に帰って行った。
はー、……なーんかつむじ風みたいな人だったなあ。
「大丈夫? スズちゃん」
「え、あ、はい。あの」
累さんが振り向く。
心配そうな顔をして、わたしを見下ろしている。
「ありがとうございました。ふへ、助かっちゃいました」
「ホント? 良かった。同僚なら、俺、余計な事しちゃったかと思ったけど」
「同僚って言っても、別に親しい訳でもないので。……ああいう人たちって、何というか、距離感近いですよね。びっくりしちゃった」
でも、慣れなくちゃいけないのかな。だって多分、社会人的には、わたしみたいにキョドってるよりあっちのほうが正解なんだ。
愛想が良くて、親しみやすくて、快活で、っていう……。
ああ、ホント情けないな。いい歳こいて、同僚の相手さえまともにできないで、累さんに助けて貰ってる。
「そうだね、驚いちゃうよね。でも、慣れなくていいよ」
俯いたわたしの頭に、累さんはぽん、と手を置いて、静かにそう言ってくれた。
「スズちゃんはかわいいから、このくらいでちょうどいいんだ。慣れてちょっとでも親しげに振る舞ったら、勘違いする男ばっかりになってきっと大変だよ」
「あはは、累さん上手いなあ。それはないですわー」
「あるよ。……だから、気を付けてね」
言って、累さんは。
「ファッ!?」
親鳥が雛を羽根の下にしまうみたいに、わたしの肩を包んで、ぎゅっと抱き寄せた。
「る、累さん」
「うん。悪い虫が付かないか心配」
「いやでもあの、これは」
「あ、アレだよ、俺の車。憶えてね。これから、迎えに来ることもあると思うから」
いやもう何言ってるんですかっていうか何してるんですか累さん!?
「この車ね、後ろがフラットシートになるから荷物いっぱい積めるんだ。家具とかも運べるくらい。姉ちゃんのお下がりなんだけど」
あっなるほどそういう、じゃなくて累さん肩! 肩がですねっていうかヒー近い近い近い!!
おっきいてのひら。わたしの肩すっぽり入る。
ぎゅって身体を抱き寄せられてるから、わたし、累さんの腕の下に入り込んじゃってる。良いにおいがします! あの時預かったコートと同じ匂いです!!
しかも、その、あ、あったか、あったかいんですけど推しの生体温っていうかあのその。
推しとか以前に男のひとの身体、生きてる、息衝いてる身体がぴったり、くっついてて……。
ひーん先輩ー! たすけてー!!
オタクに生身は難しいんですよ! 二次元には実体はないんです脳内でならあんなことこんなことさせてますけど!!
嫌とかじゃないけどホントあのこういうの今まで免疫なくてですね、だってわたし中学時代からバリバリのオタクだったんだもんうえええええん!!
「はい、どうぞ」
もうなんかぐるぐる目になってされるがままに歩いてしまった。
気付いたら、累さんの車が目の前にあった。
「アリガトウゴザイマス……」
累さんは助手席をぱたんと開けて、恭しくわたしをエスコートしてくれる。すごいな手慣れてるなさすがイケメン、さすイケ。
きっと星の数ほど彼女とかいたんだろうなあ。美男美女、大好物です!
ていうかやっぱり助手席なんですか、後部座席とかじゃダメですか。
「シートベルト締めてね」
「は、はい」
「あ、荷物。後ろに置くよ」
「はい……」
ちょこん、とゆったりしたシートに収まる。運転席に乗り込んだ累さんが、シートベルトをかちんと締める。
ま、真ん中に仕切りというかギアとかあって助かった……それでも充分近いけどさ!
わたしの手から鞄を受け取って、累さんはぐりんと身体を捻った。腕は難なくするりと伸びて、後部座席にわたしの鞄をぽんと置く。
ひえええええ近い近い近い!! 髪の毛! かすった!!
「えーと、いつも買い物してるとこって、どこ?」
杉山くんのその腕を、累さんが、引き留めるみたいに捕まえてた。
そうして、さっとわたしを、大きな背中の後ろに隠してくれる。
「スズちゃん、お疲れさま。ごめんね、遅くなっちゃったかな。……知り合い?」
ちら、といつもの、目元が見えないもしゃ毛の前髪の下から、やさしげな眼差しが降る。
「はい」
わたしはそれに、どうしてかものすごく、ホッとした。
「会社の同期の人で、その」
「ああ、そっか。同僚?」
「はい」
「ふうん。……しつこいナンパでもされてるのかと思った」
にっこり笑って、累さんはそれからやっと、杉山くんの腕を離した。
「ごめんね、俺誤解したみたいだ。でも、この子、こういうのあんまり慣れてないから。軽い子じゃないんだ。だから、極端に近付くの、やめてあげてね」
「……ああ、なるほど」
杉山くんは、虚を突かれたような顔をしてた、けど。
こちらもにっこり笑って、取り返した手でネクタイを緩めてた。
そうして、くるり。
「ごめん、俺、気が急いちゃった。涼水さん」
累さんの背中に隠れたわたしを覗き込むようにして、笑う。
「あとで連絡するよ。涼水さんいっつも捕まらないからさ、やっと会えたって焦っちゃった。ちゃんと決めて、今度ゆっくり、食事しに行こう」
「え……と、あの、(同期会のことは)……はい」
何で食事行くことになっちゃってんだろ。
でもまあ、同期会のことは解った。ああいうのの幹事って持ち回りだしなあ、下手に頑なに断るより、一回やっちゃったほうがあとあと楽ではある。
「うん、じゃあ、また明日ね涼水さん。気を付けて帰ってね」
「はい。どうも。……お疲れさまでした」
さすがに隠れっぱなし、という訳にもいかないので、ひょこりと累さんの影から顔を出して、会釈する。
ばいばい、と爽やかに手を振って、杉山くんは来た時と同じようにまた唐突に帰って行った。
はー、……なーんかつむじ風みたいな人だったなあ。
「大丈夫? スズちゃん」
「え、あ、はい。あの」
累さんが振り向く。
心配そうな顔をして、わたしを見下ろしている。
「ありがとうございました。ふへ、助かっちゃいました」
「ホント? 良かった。同僚なら、俺、余計な事しちゃったかと思ったけど」
「同僚って言っても、別に親しい訳でもないので。……ああいう人たちって、何というか、距離感近いですよね。びっくりしちゃった」
でも、慣れなくちゃいけないのかな。だって多分、社会人的には、わたしみたいにキョドってるよりあっちのほうが正解なんだ。
愛想が良くて、親しみやすくて、快活で、っていう……。
ああ、ホント情けないな。いい歳こいて、同僚の相手さえまともにできないで、累さんに助けて貰ってる。
「そうだね、驚いちゃうよね。でも、慣れなくていいよ」
俯いたわたしの頭に、累さんはぽん、と手を置いて、静かにそう言ってくれた。
「スズちゃんはかわいいから、このくらいでちょうどいいんだ。慣れてちょっとでも親しげに振る舞ったら、勘違いする男ばっかりになってきっと大変だよ」
「あはは、累さん上手いなあ。それはないですわー」
「あるよ。……だから、気を付けてね」
言って、累さんは。
「ファッ!?」
親鳥が雛を羽根の下にしまうみたいに、わたしの肩を包んで、ぎゅっと抱き寄せた。
「る、累さん」
「うん。悪い虫が付かないか心配」
「いやでもあの、これは」
「あ、アレだよ、俺の車。憶えてね。これから、迎えに来ることもあると思うから」
いやもう何言ってるんですかっていうか何してるんですか累さん!?
「この車ね、後ろがフラットシートになるから荷物いっぱい積めるんだ。家具とかも運べるくらい。姉ちゃんのお下がりなんだけど」
あっなるほどそういう、じゃなくて累さん肩! 肩がですねっていうかヒー近い近い近い!!
おっきいてのひら。わたしの肩すっぽり入る。
ぎゅって身体を抱き寄せられてるから、わたし、累さんの腕の下に入り込んじゃってる。良いにおいがします! あの時預かったコートと同じ匂いです!!
しかも、その、あ、あったか、あったかいんですけど推しの生体温っていうかあのその。
推しとか以前に男のひとの身体、生きてる、息衝いてる身体がぴったり、くっついてて……。
ひーん先輩ー! たすけてー!!
オタクに生身は難しいんですよ! 二次元には実体はないんです脳内でならあんなことこんなことさせてますけど!!
嫌とかじゃないけどホントあのこういうの今まで免疫なくてですね、だってわたし中学時代からバリバリのオタクだったんだもんうえええええん!!
「はい、どうぞ」
もうなんかぐるぐる目になってされるがままに歩いてしまった。
気付いたら、累さんの車が目の前にあった。
「アリガトウゴザイマス……」
累さんは助手席をぱたんと開けて、恭しくわたしをエスコートしてくれる。すごいな手慣れてるなさすがイケメン、さすイケ。
きっと星の数ほど彼女とかいたんだろうなあ。美男美女、大好物です!
ていうかやっぱり助手席なんですか、後部座席とかじゃダメですか。
「シートベルト締めてね」
「は、はい」
「あ、荷物。後ろに置くよ」
「はい……」
ちょこん、とゆったりしたシートに収まる。運転席に乗り込んだ累さんが、シートベルトをかちんと締める。
ま、真ん中に仕切りというかギアとかあって助かった……それでも充分近いけどさ!
わたしの手から鞄を受け取って、累さんはぐりんと身体を捻った。腕は難なくするりと伸びて、後部座席にわたしの鞄をぽんと置く。
ひえええええ近い近い近い!! 髪の毛! かすった!!
「えーと、いつも買い物してるとこって、どこ?」