三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
……おっといかん話が逸れた。オタクこれだから困る、すーぐいらん挿話を差し込みよる。

 いやだから何が言いたかったのかというと、つまり小高累という役者さんは基本、あんまり表情が動かなくて、口数の少ないクール系のミステリアスな役者さんだってことなんですよ。

 それがね、それがですよ。

「でもまさか、隣に住んでたなんて奇跡みたいだ。三年間……、勿体ないことしたな。時間を無駄にした気がする」

 あの小高累が、いかにも嬉しそうな顔でしかもちょっと興奮気味に、目の前でニコニコしてるんですよ。
 舞台宣伝のニコ生特番でお誕生日祝いされた時にもたっぷり二十秒間考えてからぼそっとお礼言ったくらいの人が! めっちゃニコニコちょうごきげん!!

 まじでキャラクター違うわ別人やないか! これは現実じゃない俺の妄想だって思ってしまってもそれは無理がないと思うの……。

 えっでもこれホントどう返したらいいの。推しがデレる、めちゃデレよる。
 奇跡とまで言われてしまったけど、わたしにとってはあなたさまこそがむしろ奇跡の存在です尊い。

……なんて応えるわけにもいかなくて、わたしが反応に困っていると。

 ぐぎゅる。

「あ」
「……あ」

 と、推しの腹が鳴った。

「やだな、かっこ悪い」

 ルイさんが決まり悪そうに眉をひそめて、お腹を押さえた。もしかして今の、もしかしなくても。

「あの、ひょっとしてルイさん、お腹空いてます……?」
「あー……、うん、ちょっとね。本番前には、お弁当食べたんだけど」

 それはつまり、夕飯食ってないってことやないかーい!

「気にしないで。俺、食べても食べなくてもあんまり気にならないんだ。面倒で食べないことも結構あるし、そもそも公演あとはいつも寝るのが優先だし」
「え、ダメですよ。それはない」

 わたしは思わず断言してしまった。

 だって公演一本三時間近くずっと、走ったり戦ったりの動きっぱなしをやり終えたあとですよ!?
 そら腹も減らぁな、そうだよこの人今日も昼夜二公演終えてきたばかりの人だった! しかも明日も、マチネはないもののソワレがある。

 こんなふうにダラダラ話してる場合じゃないんだよ、早く食べて身体あっためて寝ないとダメな人なんだよ!!

「作ります」

 この時、わたしの目は据わっていたと思う。絶対。

「いや、そこまで迷惑は」
「作ります。作らせて下さい。役者さんは身体が資本です」

 だからそこで遠慮すんな。
 推しの健康と健やかな生活は! 何よりも優先して守られるものです!!

「むしろありあわせでというかわたしの粗末な料理なんかでルイさんのお腹を膨らませてしまうことは非常に非常に申し訳ないというかやって良いことと悪いことがあんだろレベルで許されないと思うんですけど」
「え、なんて?」
「人間、お腹が空いて寒くて眠いって絶対揃えちゃいけないことなんですよ。気持ちまで惨めになるっていうか、落ち込むから。今、ルイさん全部揃っちゃってるでしょ」

 仕事終わりで、寒い中ずっと外で待ってて、疲れてて、お腹が鳴るレベルとか。
 揃えちゃあかんやつがスリーセブンじゃないか。

「だから、食べて下さい。お腹がいっぱいで暖かければ眠くなるし、それできちんと眠ったら大抵の事は何とかなるんです。絶対!」

 イベント合わせの修羅場明けでぐっすり眠ったあとのわたしがそう言っている。経験談だ、間違いない!
……書くタイプのオタクですまない。

「……ふふ」

 力強く確信に満ちて言ったわたしに、ルイさんは何故か笑い始めた。笑い上戸なのかこの人。

「ふふ、っハハ。うん。うん、そうだね。……」

 やっぱり君は、あの手紙をくれたスズちゃんだ。
 ルイさんはぼそぼそ何か言ってたけど、口元を手の甲で押さえながらだったので、わたしにはよく聞こえなかった。

 ただ、やたら嬉しそうに。

「スズちゃんの手料理なんて、何があっても食べたいよ。本当はね。……ありがたく、頂きます」

 また、破壊力満点の笑顔でにっこりそう言ったので、ただでさえ瀕死のわたしはまた落ちかけた。

……ハッ。良かった、今のわたしがガッツ持ちだ。死んでも残量1でなんとか生き返るぜ。
 まあそのバフをくれるのも即死攻撃をくれるのも、両方目の前の推しなんだけどな。

「じ、じゃあ、ささっと作ってくるので、座って待ってて下さいね。あ、コート、ハンガーありますから掛けてきます」

 這々の体で必須事項を確認。

 なんか、ちゃんと言わないとこの人ずっとコート脱がなさそうだし。休まるもんも休まらないでしょ、それじゃ。

「あ、うん。ありがとう。じゃあ、お願いします」

 言うとルイさんはスッ、とコートを脱いで、またも申し訳なさそうに差し出してきた。もー、ホントいつまで経ってもすまなさそうだなこの人。迷惑でも何でもないむしろ今この時が人生のボーナスタイムなんだから、堂々とお世話させてくれたらいいのに!

 そして受け取ったコートはまだ普通にほかほか暖かく、そして手に持っただけでほわっと良いにおいがした。

 推しの! 体温付きコート!!

 イケメンは良い匂いがするとか都市伝説じゃなかったんだ……! 香水? これ香水?? ほんのりスパイシーで、でも爽やかな甘さのない匂い。あー顔を埋めたいしかしそんな蛮行が許されるはずもないコミュ弱の挙動不審でも変態だけにはなってはいけないそれが乙女のポリシー……!!

「はい。お預かりします」

 くるり、背を向けてごく自然に顔を隠し、リビングの入口にあるコートハンガーへ向かう。
 この短い距離の間にハァハァしてしまうこの荒い鼻息を落ち着かせるんだ。大丈夫、これはクリア可能なミッションだ。
 どこの乙女ゲだって登場人物の鼻息は荒くない。それはあまりに美しくない。そう、わたしのごときモブでさえ!!

……そう、モブだ、わたしは。

 むしろ、モブにすらなれない。ルイさんはきらっきらの俳優さんで、わたしの実家は二次元で、文字通り住む世界が違う。
 突然のご本人登場であんまりにも現実感がなくてふわふわしてたけど、その辺きちんと整理しよう。

 これは妄想じゃない。妄想としても畏れ多すぎる。

 二次元が現実を侵食してはならない。目の前に居るのは生身の、人間のルイさん……いや、先輩の弟さんの「累さん」なのだから、遠くでキャーキャーしてる時みたいな態度で接したらダメなんだ。

 だってそんなふうにされたら、気分悪いでしょう。実際。

「リアルと妄想はきちんと区別して考えないとね」

 ナマモノはただでさえ扱いが難しいんだから……!

「よしっ」
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