三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
あ、いや、その、すいませんキモオタがなんておこがましいことを。
「あの、怒るとかじゃなくてですね。ただでさえ累さん、忙しいんでしょう? 心配です。昨日だって、寒くて眠くてお腹空いてたじゃないですか」
「何アンタ昨日そんな最低状態だったの?」
そりゃダメだわ、と先輩がトドメを刺している。
待って先輩! もう弟さんのライフはゼロよ!
「……でもまあ、勘弁してやって。この子昔からそうなのよね。どうも食事への執着が薄いっていうか……他の事を優先させちゃうのよ。お腹が空いても平気なタイプでさ」
「えっ信じられないお腹空くのが平気とかあるんですか」
「あるのよ、これが。お腹空いたっていうのは解るんだけど、だから食べようってはならないの。お腹が空いた、って事実があるだけで、だから何? みたいにそのまま居るのよ」
「ちょっと言ってることが解りませんね」
「まあ、うち、あんまり家庭料理とかなかった家だからね……。切ったキュウリにマヨかけて、おかずそれだけでごはん食べるみたいな」
えっ。
「たまにお肉が出てきても鶏ささみオンリーで、給食出るようになった小学校で初めて豚肉とか牛肉とか食べたみたいな」
いや、それは何というか。
ひとさまのお宅の食事事情に、口を挟むつもりはないんですけど。
何というか、こう、一般的ではないですよね?
「母親が偏食でね。その上忙しかったもんだから、まあ食事が貧相でね……。その母親も中学上がる頃には離婚して出て行ったから、そのあとはずっと惣菜だの買ってくる感じだったし。さすがに高校入る頃にはあたしが作ってたけど、大学で家出ちゃったしね」
だから累の食事環境って、かなり劣悪だったんだよなあ。そう締めくくって、先輩はズーっとコーヒーを一気飲みした。
「そこはちょっと、責任は感じてるよ。お姉ちゃんとして」
「姉ちゃんのせいじゃない」
「まあね、あたしのせいじゃないわ。確かに。でも、もうちょっとあたしにやれることもあったなって話よ」
おお……。人に歴史ありってやつだな……。
そういう事情があるなら、なんつーか、わたしがうるさくしちゃだめなやつだった。
「ごめんなさい」
「え、なんでスズちゃんが謝るの?」
今の話のどこで? と累さんは首を傾げる。いや、そこは受け取って頂きたい。
「他人に口やかましく言われることじゃないですよね。……すいません」
「えっ、そんなことないよ。他人なんて言わないで。心配して貰えるの、すごく嬉しいから」
本当に、すっごく嬉しいんだよ。累さんはなんだか焦って、意味もなく胸の前で両手を振ったりしている。やっぱいい人だなこの人。
「そう言ってもらえると、ありがたいです。ご不快にならないで良かった」
「不快だなんて! なる訳ないよ!!」
おお、珍しく語調が強い。
……なんてびっくりしていたら、累さんの隣で先輩がにんまり笑った。
「あたし、いいこと考えちゃった」
えっ。この流れで何を。
「ねえリンちゃ~ん。お礼はちゃんと支払うなり何かするなりするからさ。ちょっとこいつ、餌付けしてくれない?」
こいつ、のところでにゅっと腕を伸ばして、先輩の手が累さんの頭をぐしゃぐしゃっと掻き混ぜる。
「……パードゥン?」
しまった、オタノリの言葉が思わず出てしまった。でもそのくらい、ちょっと何言われてるのか解らなかった。
「うん、だからさ。隣に住んでるのも何かの縁ってーかあたしのおかげだけど、こいつにメシ食わせてやってくれないかな。煮込み料理とか、量作るやつが余った時にお裾分けしてくれるぐらいでいいんだけど」
「えっ」
無理です、わたくしごときの作ったものを常食していいお方じゃありません。
……と、つるって口に出かけた本音を、何とか飲み込んだ。
「姉ちゃん、何言い出してんの。これ以上迷惑かけるとかダメでしょ」
「だってアンタ、そうでもしなきゃ食べないもん。不健康まっしぐらじゃない。ただでさえ、舞台始まってからゴンゴン痩せてってるのに」
「それ!」
わたしは思わずガタッと椅子を鳴らして立ち上がってしまった。
そうなんだよ、「ルイ」さんまじで舞台の期間に入る度痩せるんだよ、はっきり解るほど!!
そもそも2.5次元舞台なんて、ほとんどが二時間以上走りっぱなし動きっぱなしってのが多いのにさ。練習大変なんだな、運動量すごいもんなって思って見てたけど、その上まともに食べてないならそりゃー痩せる訳だよ。
今だって頬骨くっきり出ちゃってるもん、げっそりこけちゃってるもん! こけてもかっこいいけど!!
「だよね、この子痩せたよね」
勢い込んだわたしに、先輩はうんうん頷いてる。
「そんなにかな……。体力は落ちてないんだよ。自分じゃ、あんまり変わってないつもりだけど」
「あんた自分の体重も解んないの?」
「体重計がうちにない」
「それ以前かよ!」
買っとけそんくらい! と先輩がまたスパコーンと累さんの頭をスッ叩いてる。いや面白いよなこの姉弟。
とか思いつつとりあえず着席。そして。
「累がこんなにパクパク食べてるの、あたしでも初めて見たんだよ。ほんっと珍しいの。だからさ、リンの料理ならこの子もちゃんと食べるんじゃないかと思ったんだよね」
外食とかでもそんなに箸進まないからさ、この子。そう言われたものだから、わたしは首を捻るしかなかった。
「えーと、先輩盛ってません? 昨日も累さん、結構食べてましたよ」
うん。
鶏ハムのサンドも、最初に作った二個だけじゃ足りなくてもう一回作らせて貰ったし。スープだって、わたしなら三日かかって食べる量をついいつものクセで作っちゃったんだけど、おかわりに次ぐおかわりで、もう、今出したので最後ですよ。
……ってことを説明したら、先輩は目をまんまるくしてる。
「嘘」
「いやだからこそ、先輩、話を盛ってるんじゃないかなって」
わたしてっきり、累さんって食べない時は食べないけど、食べる時はめちゃめちゃ食べるタイプの人なのかと思ったんだよ。それはもう、見てて気持ちのいい食べっぷりだったからさ。
「……すごく嬉しくて、美味しかったんだ」
あっ、累さんが赤面してる! ハイかわいい! 成人男性の赤面可愛い大変ごちそうさまでした!!
「がっついてるみたいで、恥ずかしいけど」
「いえいえ。作ったからには食べて貰えるほうが嬉しいです。ところでグラタンバゲットのおかわりありますけど、」
要ります? と聞くよりも先に。
「頂いていいかな」
前のめり気味に、累さんが空になったお皿を差し出してきた。
ううっ、うちの推しが今日も尊い。
「勿論。じゃあ、焼いてきますね。何個食べます?」
「えーと……その」
「遠慮しないでくださいね。ふたつ? みっつ? あ、残ってるのが五つなので五つまでなら何個でも」
「三つで!」
「解りました。焼くだけにしてありますから、少し待ってて下さいね」
残ったら冷凍しとけばいいやと思って、多めに作ったんだよね。昨日の食べっぷり見てたし。ていうかこれ一個でもかなりのボリュームあるぞ、やっぱりよく食べるんじゃないかなこの人。
と、言うわけでお皿を受け取って立ち上がったわたしを、先輩は何か、信じられないものを見るような目で見上げてた。
「あ、先輩もおかわり要ります?」
まだ先輩のお皿には一個残ってるけど、一応聞いてみる。
と。
「累! あんたからも土下座して頼みな!!」
「あの、怒るとかじゃなくてですね。ただでさえ累さん、忙しいんでしょう? 心配です。昨日だって、寒くて眠くてお腹空いてたじゃないですか」
「何アンタ昨日そんな最低状態だったの?」
そりゃダメだわ、と先輩がトドメを刺している。
待って先輩! もう弟さんのライフはゼロよ!
「……でもまあ、勘弁してやって。この子昔からそうなのよね。どうも食事への執着が薄いっていうか……他の事を優先させちゃうのよ。お腹が空いても平気なタイプでさ」
「えっ信じられないお腹空くのが平気とかあるんですか」
「あるのよ、これが。お腹空いたっていうのは解るんだけど、だから食べようってはならないの。お腹が空いた、って事実があるだけで、だから何? みたいにそのまま居るのよ」
「ちょっと言ってることが解りませんね」
「まあ、うち、あんまり家庭料理とかなかった家だからね……。切ったキュウリにマヨかけて、おかずそれだけでごはん食べるみたいな」
えっ。
「たまにお肉が出てきても鶏ささみオンリーで、給食出るようになった小学校で初めて豚肉とか牛肉とか食べたみたいな」
いや、それは何というか。
ひとさまのお宅の食事事情に、口を挟むつもりはないんですけど。
何というか、こう、一般的ではないですよね?
「母親が偏食でね。その上忙しかったもんだから、まあ食事が貧相でね……。その母親も中学上がる頃には離婚して出て行ったから、そのあとはずっと惣菜だの買ってくる感じだったし。さすがに高校入る頃にはあたしが作ってたけど、大学で家出ちゃったしね」
だから累の食事環境って、かなり劣悪だったんだよなあ。そう締めくくって、先輩はズーっとコーヒーを一気飲みした。
「そこはちょっと、責任は感じてるよ。お姉ちゃんとして」
「姉ちゃんのせいじゃない」
「まあね、あたしのせいじゃないわ。確かに。でも、もうちょっとあたしにやれることもあったなって話よ」
おお……。人に歴史ありってやつだな……。
そういう事情があるなら、なんつーか、わたしがうるさくしちゃだめなやつだった。
「ごめんなさい」
「え、なんでスズちゃんが謝るの?」
今の話のどこで? と累さんは首を傾げる。いや、そこは受け取って頂きたい。
「他人に口やかましく言われることじゃないですよね。……すいません」
「えっ、そんなことないよ。他人なんて言わないで。心配して貰えるの、すごく嬉しいから」
本当に、すっごく嬉しいんだよ。累さんはなんだか焦って、意味もなく胸の前で両手を振ったりしている。やっぱいい人だなこの人。
「そう言ってもらえると、ありがたいです。ご不快にならないで良かった」
「不快だなんて! なる訳ないよ!!」
おお、珍しく語調が強い。
……なんてびっくりしていたら、累さんの隣で先輩がにんまり笑った。
「あたし、いいこと考えちゃった」
えっ。この流れで何を。
「ねえリンちゃ~ん。お礼はちゃんと支払うなり何かするなりするからさ。ちょっとこいつ、餌付けしてくれない?」
こいつ、のところでにゅっと腕を伸ばして、先輩の手が累さんの頭をぐしゃぐしゃっと掻き混ぜる。
「……パードゥン?」
しまった、オタノリの言葉が思わず出てしまった。でもそのくらい、ちょっと何言われてるのか解らなかった。
「うん、だからさ。隣に住んでるのも何かの縁ってーかあたしのおかげだけど、こいつにメシ食わせてやってくれないかな。煮込み料理とか、量作るやつが余った時にお裾分けしてくれるぐらいでいいんだけど」
「えっ」
無理です、わたくしごときの作ったものを常食していいお方じゃありません。
……と、つるって口に出かけた本音を、何とか飲み込んだ。
「姉ちゃん、何言い出してんの。これ以上迷惑かけるとかダメでしょ」
「だってアンタ、そうでもしなきゃ食べないもん。不健康まっしぐらじゃない。ただでさえ、舞台始まってからゴンゴン痩せてってるのに」
「それ!」
わたしは思わずガタッと椅子を鳴らして立ち上がってしまった。
そうなんだよ、「ルイ」さんまじで舞台の期間に入る度痩せるんだよ、はっきり解るほど!!
そもそも2.5次元舞台なんて、ほとんどが二時間以上走りっぱなし動きっぱなしってのが多いのにさ。練習大変なんだな、運動量すごいもんなって思って見てたけど、その上まともに食べてないならそりゃー痩せる訳だよ。
今だって頬骨くっきり出ちゃってるもん、げっそりこけちゃってるもん! こけてもかっこいいけど!!
「だよね、この子痩せたよね」
勢い込んだわたしに、先輩はうんうん頷いてる。
「そんなにかな……。体力は落ちてないんだよ。自分じゃ、あんまり変わってないつもりだけど」
「あんた自分の体重も解んないの?」
「体重計がうちにない」
「それ以前かよ!」
買っとけそんくらい! と先輩がまたスパコーンと累さんの頭をスッ叩いてる。いや面白いよなこの姉弟。
とか思いつつとりあえず着席。そして。
「累がこんなにパクパク食べてるの、あたしでも初めて見たんだよ。ほんっと珍しいの。だからさ、リンの料理ならこの子もちゃんと食べるんじゃないかと思ったんだよね」
外食とかでもそんなに箸進まないからさ、この子。そう言われたものだから、わたしは首を捻るしかなかった。
「えーと、先輩盛ってません? 昨日も累さん、結構食べてましたよ」
うん。
鶏ハムのサンドも、最初に作った二個だけじゃ足りなくてもう一回作らせて貰ったし。スープだって、わたしなら三日かかって食べる量をついいつものクセで作っちゃったんだけど、おかわりに次ぐおかわりで、もう、今出したので最後ですよ。
……ってことを説明したら、先輩は目をまんまるくしてる。
「嘘」
「いやだからこそ、先輩、話を盛ってるんじゃないかなって」
わたしてっきり、累さんって食べない時は食べないけど、食べる時はめちゃめちゃ食べるタイプの人なのかと思ったんだよ。それはもう、見てて気持ちのいい食べっぷりだったからさ。
「……すごく嬉しくて、美味しかったんだ」
あっ、累さんが赤面してる! ハイかわいい! 成人男性の赤面可愛い大変ごちそうさまでした!!
「がっついてるみたいで、恥ずかしいけど」
「いえいえ。作ったからには食べて貰えるほうが嬉しいです。ところでグラタンバゲットのおかわりありますけど、」
要ります? と聞くよりも先に。
「頂いていいかな」
前のめり気味に、累さんが空になったお皿を差し出してきた。
ううっ、うちの推しが今日も尊い。
「勿論。じゃあ、焼いてきますね。何個食べます?」
「えーと……その」
「遠慮しないでくださいね。ふたつ? みっつ? あ、残ってるのが五つなので五つまでなら何個でも」
「三つで!」
「解りました。焼くだけにしてありますから、少し待ってて下さいね」
残ったら冷凍しとけばいいやと思って、多めに作ったんだよね。昨日の食べっぷり見てたし。ていうかこれ一個でもかなりのボリュームあるぞ、やっぱりよく食べるんじゃないかなこの人。
と、言うわけでお皿を受け取って立ち上がったわたしを、先輩は何か、信じられないものを見るような目で見上げてた。
「あ、先輩もおかわり要ります?」
まだ先輩のお皿には一個残ってるけど、一応聞いてみる。
と。
「累! あんたからも土下座して頼みな!!」