背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
* * * *
一花が女子トイレに入った時、それは起こった。手を洗おうとすると、一人の女性が一花のことを背後からじっと見ていたのだ。肩までの明るい茶髪に、胸元の広く開いた白いニット、膝上丈の黒のスカートを合わせていた。
誰かを待っているのだろうか。そう思うが、一花とその女性以外は誰もいない。
一花の頭に柴田と園部の言葉が思い出される。
『雲行きの悪そうな輩もいたから気をつけろよ』
『結構グイグイいく子もいるよ』
怖くなった一花は、さっさと手を洗いその場を去ろうとしたが、ドアの前にその女性が立ちはだかる。
「あ、あの……外に出たいんですけど……」
一花が言うと、その女性はにっこり笑って、
「あなたに聞きたいことがあるの」
と一花を壁側まで追い詰める。
「ねぇ、千葉くんと付き合ってるって聞いたんだけど、それ本当?」
鋭い目で睨まれ、一花は萎縮する。これが部長たちが話していた状況なのね……。こんなこと、今まで経験したことがないからどうしていいのかわからなかった。
彼女って言っていいのか、それとも後輩って言うべきなのかな。頭を回転させ、尚政が彼女と言ってくれたことを思い出し、意を決して口を開く。
「ほ、本当です」
「ふーん……。ねぇ、いつから付き合ってるの?」
いつ⁈ 出会った頃? デートするようになった頃? キスするようになってから? 一花の頭はパンク寸前だった。
「よ、四年前です!」
「……大学入学前ってこと?」
「……そうです」
すると女性はため息をついて一花から離れた。
「彼女がいるって噂が嘘じゃないかって話してたけど、事実だったわけね。だから大学で誰の誘いにも乗らなかったんだ。なんか納得」
「あ、あの……」
「別にあなたに何かしようとは思ってないわよ。私も結構誘ってみたけど、まったくその気になってくれないから諦めたクチ。でも彼女が来てるってみんなが騒いでたから、本当かどうか事実が知りたかっただけ」
「そうでしたか……」
一花はホッとして肩を落とす。
「あなた学校違うんでしょ? あんなイケメンの彼氏だから心配だろうけど、柴田くん以外とはつるんでないし安心していいと思うよ。ただ……」
「……ただ?」
「千葉くんを狙ってる女は多いから気をつけなさいね」
それだけ言い残し、女性は手を振りながら出て行った。
一花は呆然としたまま、今も心臓の音が鳴り止まない。一体なんだったんだろう……。とりあえず呼吸を整えると、ドアを開けて外に出た。