背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
* * * *
玄関の前で智絵里は座り込んでいた。ダッフルコートを着ているのに、とても寒そうだった。
誰もいない部屋に招き入れると、智絵里はベッドを背もたれ代わりにして床に座る。
「一花の部屋に来るの、久しぶりだね」
最後に会ったのは十二月の終業式の日だった。その日から二ヶ月弱経つが、あの頃より少しやつれたような気がした。
「あっ、紅茶でも淹れようか」
「うん、ありがとう」
一花は紅茶の準備をしながら、どう切り出すか悩んでいた。でも話したくないかもしれない。それなら智絵里から話してくれるのを待つべきだと結論に至る。
お茶を持って部屋に戻ると、智絵里はぼんやりと外を眺めていた。
「ごめんね、何も言わなくて……」
「ううん。ちょっとびっくりしたけどね、きっと何かあったんだろうなって思ったし……」
智絵里はマグカップに入った紅茶を一口飲むと、大きく息を吐いた。
「私、海鵬の大学に進学するつもりだったんだ。でも二学期の学期末にちょっと……いろいろあってね。学校に行きたくなくなっちゃって、勢いで受験することを決めちゃった。でもちゃんと合格したよ。隣の県の女子大」
「そうだったんだ……何も知らなくてごめんね」
「言わなかったのは私だし、一花は謝らないでよ」
「ちなみに……その出来事に篠田くんは関わってる?」
「恭介? 全然。なんで?」
「いやっ、智絵里のことすごく心配してたから。憔悴してたというか……篠田くん、何かしちゃったのかなって」
すると智絵里は大きな声で笑い出す。
「一花さ、中学の時の恭介って印象ある?」
「う〜ん……みんながカッコイイって騒いでたよね。私はクラスが違ったからあまりよくわからなかったけど」
「そうそう! 私も一花のことがあるまでは何も知らなかったんだ。でもあの日から話すようになってね、見た目は軽そうだけど意外と真面目だし。しかもずっとクラス委員だったからか、すごく面倒見がいいのよ。私がちょっと貧血で倒れたら血相変えて保健室に連れてってくれたり、冷え性って言ったら毎日カイロ責め。私からしたら第二のお母さんって感じ」
「じゃあ付き合ってるわけじゃないんだ」
「……やめてよ、鳥肌たつわ……」
「じゃあなんで連絡しないの?」
「……確かにあいつは何もしてないんだけどね……なんか今だと辛く当っちゃいそうだから……。なんていうの? お母さんに意地を張りたくなる娘の気持ち?」
「あはは! 何それ。そこまで篠田くんとわかり合ってるの?」
「人見知りの私に初めて出来た男友達だからね。まぁ口うるさいけど信頼してるよ」
「じゃあ尚更連絡してあげないと」
「うん……そうだね」
智絵里は下を向いて黙り込んだ。彼女のゆるっとしたくせ毛が顔まわりを隠す。
きっと"いろいろあった"出来事に由来しているんだろうが、智絵里はそれには触れてほしくなさそうだった。
「……そういえば一花は先輩とはどうなの?」
「あぁ、うん……四月から先輩、北海道勤務になっちゃったの。しばらく遠距離かな」
「……寂しい?」
「まぁ、ちょっとはね……。でも先輩とは離れてばかりだから慣れっこかな」
「確かに。一花はずっと先輩一筋だよね……なんかそんな一花がすごく羨ましいよ」
そう言った智絵里の表情がすごく悲しそうだったから、一花は何も言えずに口を閉ざした。