背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

* * * *

 一花は尚政とデートを重ねた街に新しく出来た、ニューヨークカップケーキの店でアルバイトを始めた。

 製菓に関わるお店で働きたいと思っていた時に、たまたまオープンスタッフ募集の張り紙を見つけたのだ。

 店長の女性は偶然にも一花の通う短大の卒業生だったため、スムーズに決まってしまった。

 長い黒髪を後ろで束ねて、明るくハキハキ、そしてあっさりとした性格だった。接客も笑顔でこなし、人見知りの一花にとっては憧れの女性だった。

「店長はやっぱりアメリカに行かれてたんですか?」
「うん、かれこれ八年くらいいたかなぁ。向こうのお菓子ってカラフルで、なんか元気がもらえるんだよね」

 店長が作るカップケーキは色とりどりのバタークリームにかわいい花やチョコレートが飾られ、見ているだけでワクワクした。

「一花ちゃんもいつか、一花ちゃんらしいお菓子が作れるようになるといいね」
「はい!」
「でもまぁとりあえずは彼氏のためかな?」

 店長は一花の指輪をつつきながらニヤニヤ笑っている。

「もう長いの?」
「そうですね……でも今は遠距離で会えなくて……」
「それは寂しいね。彼はどこにいるの?」
「北海道です」
「でも同じ国内じゃない。まだ会える距離だね。私は彼がアメリカに転勤になっちゃって、別れたくなくて追いかけちゃった。それの結果がコレ」

 そう言いながらカップケーキを指差した。

「あの……その彼とは……」
「残念ながら別れちゃったんだけどね。でもおかげで素敵な出会いもいっぱいあったからいいんだけど」

 店長との会話は一花の知らない世界のことばかりで毎回楽しかった。

 こんなカップケーキを私が作ったら、先輩は美味しいって言ってくれるかな? 早く先輩のために作れるようになりたいよ……。

* * * *

 尚政は新しい環境の中で、忙しなく働いていた。家と会社の往復。知り合いもいない場所で過ごす日々は、尚政を後ろ向きにさせていく。

 その中で毎日の一花との会話がホッと一息つける時間だった。本来の自分に戻れる気がした。

 だからこそ長い休みに入っても帰れなかった。今一花の元へ帰れば、こちらに戻ってくる自信がなかった。

 電話口で一花が寂しそうにため息をつくのが聞こえた。

『去年も帰ってきてないのに……。今年の年末も帰れないの?』
「急な呼び出しとかに対応しないといけないんだよ。まだまだ新人だからさ」
『そうなの? ……仕方ないのはわかってるんだけど、やっぱり会いたいよ……』
「うん、本当にごめんね……」

 電話を切ってから、尚政は敷きっぱなしの布団の上に転がった。

 部屋の中は布団が一組、ローテーブル、テレビとパソコンくらいしかなかった。荷物を増やしてしまうと帰れなくなる気がして、最低限のものしか置かないようにした。

 自分で決めた道なのに、帰ることを考えて生活している。一人で頑張るって決めたはずなのな……既に挫折しそうだった。

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