背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 二月も半ばを過ぎた土曜日の午後だった。尚政の元に尋人から電話でかかってきたのだ。お互い忙しくしていたので、声を聞くのは久しぶりだった。

「もしもし、どうしたの? 電話なんか珍しいじゃん」
『たまにはな。そっちはどうだ?』
「まぁ、なんとかやってるって感じかな」

 尚政は殺風景な部屋を見渡して、聞こえないように息を吐いた。

「で、何か用?」
『……前に約束したよな。俺が助けを求めたらすぐに飛んでくるって』
「言った……っけ? 何かあったのか?」
『今アメリカ支社への異動を打診されてるんだ。たぶんほぼ決定事項。その異動に、秘書として一緒についてきて欲しいと思ってる』

 尚政は言葉を失った。急展開過ぎて頭がついていかない。アメリカ? 秘書? そういえば大学在学中に秘書検定を受けさせられた。それがこれに繋がるのか?

 混乱しながらも、尚政はとてもワクワクしていた。自分からブルーエンへの就職を断ったのに、尋人の元で一緒に仕事が出来ると考えただけで嬉しくなる。

「行くよ! っていうか行きたい!」
『良かった。たぶん夏前には向こうに行くことになると思う。それまでにこっちに戻れるか?』

 それは今の会社に退職願を提出するということを意味していた。なるべく迷惑がかからないよう早めに準備をしないといけない。

 その時一花の事が頭に浮かび、一気に気持ちが落ち込んでいく。

「わかった……あのさ、アメリカにいる期間ってどのくらいかな?」
『今の時点では決まってないんだ。二年かもしれないし、もっとかもしれない』
「そっか……わかった」

 電話を切り、尚政は床に座り込む。前に北海道行きが決まった時と同じような感覚に陥る。

 でも今回は日本じゃなくて海外。時差もあるし、簡単に帰れる距離じゃない。しかも期間がわからないなんて……。

 尚政は頭を抱えると、極度の不安感に襲われた。何かを選ぶためには、何かを捨てなければいけないのかな……。
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