背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

* * * *

 突然勢いよくドアが開き、驚いた尚政は飛び起きる。

「生きてるか〜? ってなんだよ、この辛気臭い部屋は。カーテンくらい開けろよ」

 仕事の合間に立ち寄ったのか、スーツ姿の尋人が部屋に入ってくる。窓のそばによると、カーテンを開けた。

「おばさんが嘆いてたぞ〜。いてもいなくても同じだってさ」

 そのままベッドに座ると、床に座り直した尚政を見下ろす。

「帰ってきたのに連絡なしだもんな。何かあったのか?」

 ニヤニヤしている尋人の顔を、尚政は怪訝そうに見た。

「……大体想像はついてるんだろ」
「まぁね。ところで俺が送ってやったやつは使ったのか?」

 顔を真っ赤にした尚政を見て、尋人は笑い出す。

「ちゃんとやることやってんじゃん。で、お前が落ち込んでるのは、やっぱり一花ちゃんに別れを切り出したのが理由? あぁ、そもそも付き合ってないか。それなのに関係を終わらせる必要なんてあったのか?」
「……いつまでも俺がいたら、一花は新しい人を見ないだろ。それなら離れた方がいいんだよ」
「……なんかお前って考え方が極端だよな。それってお前の考えを一花ちゃんに押し付けただけじゃん。一花ちゃんは納得してたか?」

 尋人の言葉に尚政は黙り込む。それを見て尋人はため息をついた。

「やっぱりな」
「……でも俺じゃ一花を幸せにしてあげられない」
「あのさ、一花ちゃんはお前に幸せにしてくれって言ったのか? あの子の性格だと、逆にお前を幸せにしたいとか言いそうだけど」

 尚政ははっとして尋人を見る。

「……尋人、まさか一花に会ったのか? 今のって、会ったことがあるような口ぶりだったけど……」

 尋人は笑いながら、尚政の頭を叩く。

「聞きたいんだけど、さっきから幸せって連呼してるけど、お前にとっての幸せってどんなことを指すんだ?」
「……一花が笑顔で過ごしてくれることかな……」
「お前といたら一花ちゃんは笑顔にならないのか?」
「それは……」

 尚政は言葉に詰まる。尚政と一緒にいた一花はいつも笑っていた。

「俺はさ、幸せっていうのはどちらか一方が注いだって意味ないと思うんだ。お互いがお互いを想って、二人で作り上げていくんじゃないのか?」
「……でも、自信がないんだ……」
「あのなぁ、全部を背負う必要はないんだよ。むしろ半分ずつでいいじゃん。だってお前、一花ちゃんにたくさん甘えてるんだろ?」
「なっ……!」
「あのいたずら小僧の尚政が、四才も年下の女の子に甘えてるだってさー! 次の親族の集まりが楽しみだなぁ!」
「や、やっぱり会ったんだな! いつだよ!」
「内緒。まぁでも本当にいい子だなって思ったよ。お前のことをよくわかってるし、真剣に恋をしてるっていうのも伝わってきた。一花ちゃんとお前、二人が幸せになる選択肢は一つしかない気がするけどな」

 尋人は立ち上がると、ドアに向かって歩き出す。

「怖がらなくても、一花ちゃんならきっと受け止めてくれるさ。しかも一回体を合わせちゃうと、独占欲みたいなのも湧いてこないか? 自分以外の男が一花ちゃんを抱くところを想像してみろよ。嫉妬で狂いそうになるかもな〜。じゃあ、ちゃんと明後日から出勤しろよ〜」

 尋人の奴、なんて破壊力のある言葉を残していくんだ。

 あれから自分でも同じことを考えた。俺の腕の中で乱れる一花の姿、そして彼女に包まれた安心感……。それが誰か別の男のものになってしまうなんて考えたくなかった。

 これが最善の選択だと思ったのに、俺はどん底に落ちたままだった。
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