背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 一花の放ったボールが、きれいに放物線を描いてネットの中に入った。その瞬間、一花は歓喜の声を上げた。

「すごい! 今まであそこにボールが届いたことすらなかったのに、ちゃんと入った!」
「そうなの?」
「そうなの! ねぇ、先輩。ここからだと何点入ったことになるの?」

 シュートエリア内にいた一花ははしゃいだまま尚政に聞いた。

「そこなら二点。この線より外なら三点」

 尚政の説明をウキウキしながら聞いている。

「学校でも入れられるといいなぁ……」

 一花の嬉しそうな表情を見て、尚政は自分の心の中に作ったはずの壁が、少しだけ崩れるような感覚に陥った。

 本心を隠すための壁。

 もしあの時、一花ちゃんがそばにいたら違った学校生活を送れていたかもな……。それとも一花ちゃんには目もくれずに、やっぱり同じ道を進んでしまうのだろうか……。

「先輩?」
「あっ……ごめん、ちょっとボーッとしちゃった」
「すみません! 私がずっと練習に付き合わせちゃったから、疲れちゃいましたよね。あの……今日はありがとうございました。休憩したら解散しましょうか」

 一花は少し残念そうに笑う。それを見て慌てたのは尚政の方だった。

「違うんだよ。ちょっと考えことしちゃっただけだから……」

 言った後に尚政は口ごもる。こんなつもりじゃなかったんだけどな……。

 尚政は一花の手を取る。

「一花ちゃんさ、これから俺とデートしない?」

 一花はわかりやすく顔を真っ赤にすると、何度も頷く。

「し、したいです! 先輩とデート」

 一花の素直な反応が嬉しかった。

「よし、じゃあ行こう」

 二人は荷物を持つと、公園を後にした。

* * * *

 尚政は自転車を駐輪場に停めると、二人は駅前のファストフード店に入る。ハンバーガーを注文し、窓側の席に向かい合って座った。その時、一花の顔がニヤけていることに気付いた。

「どうしたの?」
「うふふ。なんか学生デートって感じがして嬉しくなっちゃって。こういうの初めてだから、なんかワクワクします」

 そういう尚政も、実は女の子とファストフード店に来るのは初めてだった。ただ一花とは違い、男友達といるような感覚で入店してしまったため、申し訳ない気持ちになった。

 一花は食べ終えたハンバーガーの包み紙を畳みながら、恥ずかしそうに口を開く。

「私ね、先輩に何かして欲しいことはあるかって聞かれた時、本当はデートがしたいって思ったの。でもこんな中学生と歩いていたら先輩に迷惑かけちゃう気がして言えなかった。だから先輩から誘ってもらえてすごく嬉しいの」
「……一花ちゃん、それって俺のことを意識してますっていうふうに聞こえるよ」

 一花は困ったように笑う。

「……バレちゃいますよね。先輩と今日一緒にいて、やっぱり素敵だなって思って……。黙っているのってすごく苦しくて、逆に先輩が気付いてくれたから言いやすくなったかも」
「……でも断られるとかは思わないの?」
「思います。だからまだ言いません」

 きっぱりと言った一花に、尚政は首を傾げる。

「……ん? どういうこと?」
「今告白してもきっと断られちゃうから、私がもっと自信をつけるまではまだ言いません」
「……ははっ! 何それ! 初めて聞いたんだけど……バレてるのに告白しないの?」
「だって今の私じゃ先輩とは釣り合わないもの……」
「もしその間に俺が彼女を作っちゃったらどうするの?」
「そ、その時は潔く身を引きます」

 一花の真剣な眼差しが心地良い。今までこんなに真っ直ぐに想いを伝えられたことなんてなかった。

「ふーん……わかった。じゃあ一花ちゃんが自信をつけるのを楽しみに待ってようかな」
「が、頑張ります……」

 これって十分告白だと思うんだけどなぁ。彼女の気持ちを知った上で、俺は何もしないで待つのか。それも不思議な感じだ。

 まぁ確かに今言われても『ごめんなさい』だったと思う。でもこの先は? 自ら問いかけるが、答えは分からなかった。

 ただ一花ちゃんとの可能性があるって思っていること自体が、俺にとっては大進歩なんだ。だって今もこれからも恋愛するつもりなんて毛頭ないから。

 君が俺を変えてよ。心の壁の中で、そんなことを呟く矛盾した俺がいた。
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