背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

 電車の中は休日ということもあり()いていた。()いていた席に一花が座ると、ぴったりくっつくように尚政が座る。一花が恥ずかしそうに下を向くと、尚政は明らかに笑いを堪えていた。

「またからかってますか?」
「うん、一年振りだからね、やっぱり楽しいな」
「懐かしいですね……一年前に同じことされたもの」

 二人の間にしばしの沈黙が訪れる。最初に口を開いたのは一花だった。

「今日私のこと誘って良かったんですか?」
「……どうして?」
「だって……私のことずっと避けてたでしょ?」
「……バレてた?」
「そりゃバレますよ……。もう会えないのかなってずっと不安でした」

 一花は泣きはしなかったが、尚政の顔を見ようとしなかった。繋いだ手を強く握る。

「……本当は会わない方がいいのかなって思ってたんだよ。その方がいい気がしてた」
「なんで?」
「俺なんかのために、一花の貴重な時間を使ったらもったいないじゃない。一花はまだ中学生で、これからいろんな経験をして、いろんな人にで会う。それをこんなはっきりしない男のために使わない方がいいって思ってたんだよ」
「……それはおかしいです。私の時間をどう使うかは私の自由でしょ? 先輩の方が、私なんかに時間を使うのはもったいないって思ったんじゃない?」
「違う! それはない! 絶対にないよ!」

 電車の中で大声を出してしまい、尚政は慌てて口を押さえた。

「……先輩って本当に後向きですよね。前太郎を見習って欲しいです」
「前太郎って、一花の好きなキャラクターの?」
「そうです。仕方ないから、今日一日これを貸してあげます」

 一花はカバンの中から小さな缶バッジを一つ取り出すと、尚政のコートの内側に取り付ける。

 なんだろうと覗き込んだ尚政は絶句する。それは後向前太郎が描かれた缶バッジだった。

「えっ……これはちょっと大学生のお兄さん的に恥ずかしいんだけど……」
「見えないから大丈夫。見えたとしても前太郎とは思わないだろうし」
「……ちなみにこれをつける理由は?」
「お守りです。先輩が今日一日後向きにならないようにっていう。去年の誕生日みたいなことになったら嫌だもの」
「……なるほど。でも前太郎だって最初は後向きじゃ……」
「で、でも最終的には前向きでしょ?」
「……じゃあ前太郎のパワーにあやかろうかな」

 一花はにっこり微笑む。

「言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず今はデートを楽しませてくださいね」
「……了解」

 中学生の一花にこんなふうに言わせるなんて、昨年は相当嫌な思いをさせたんだな。俺って本当にどうしようもない。今だって本当は、何が正解かわかってないんだ。
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