背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
一花は生チョコの箱に手を伸ばし、一粒取ると口に入れる。
「……なーんてね、もう先輩の性格は分析済みなので、そんなこと今更言いませんよー」
「……えっ?」
急に変わった一花の口調に驚き、尚政が顔を上げた。すると一花はニヤニヤしながら尚政の様子を見ていた。
「また後向きに考えましたよね? 前太郎バッジがついてるのに、おかしいなぁ」
「だ、だって……」
「私も後向きに考えちゃうからわかるんです。たぶん私も先輩も石橋を叩いて渡るタイプで、まずは悪いことを考えちゃう。でも私はその後にドキドキしながら渡るんだけど、きっと先輩は、石橋を叩いても渡らないんですよ。それか叩きすぎて橋がなくなっちゃうの」
尚政はただ黙って聞いている。
「橋がなくなれば『ほら、行かなくて良かった』って勝手に安心するんじゃない? でも実際は渡れたはずの橋も、先輩が壊しちゃってるだけなのよ」
たぶんその通り。目の前にいくつかの選択肢があったとしても、安全だと確信の持てるものしか選ばない。今で言えば尋人がそれだった。尋人が誘うこと、尋人の考えに追随することが一番の安心だった。
大学だって、尋人と同じところは無理だと思ってエスカレーターで進んだ。
一花が尚政の顔をじっと見つめていることに気付いて、ドキッとした。
「な、何?」
「先輩、私のこともずっと叩いてるでしょ?」
一花は尚政に鎌をかけてみたが、表情が全く変わらなかったため、一花の考えと違うことに気付く。
「あれっ……じゃあ無意識に試してた? 時間をおけば私が離れていって、『ほら、やっぱりね』とか思いたかったんじゃない?」
その言葉で尚政が困ったように頭を掻いた。それは図星だったのだ。
「先輩ってば、私のこと甘く見過ぎです。私の気持ちがそんなことくらいで揺らぐと思ったんですか?」
「……ちょっと思ってた」
「じゃあ教えてあげる。私はそんな簡単に愛想つかしたりしないですから。先輩がそばに置いていいって言ってくれたから、先輩から拒絶されるまではそばにいる」
私は先輩の中の安心出来る場所になりたい。
「なんでそんなこと……」
「それは……」
『好きだから』と言いかけて一花はグッと言葉を飲み込む。
「友だちだから。私は先輩のことを運命の人だと思ってるよ」
尚政は驚き、戸惑いながら笑う。
「……一花ってば、すごく大胆なこと言ってるって気付いてる?」
「運命って言ったって、友だちだってそうでしょ? 意味はいろいろあるんだから」
平静を装いながら言い訳をする一花が、なぜかとても愛しく感じる。
俺自身もわかっていなかったことを、こんなに理解しようとしてくれたんだ。その上でそばにいると言ってくれた一花に、尋人と似たような安心感を覚える。
彼女なら……一花なら信じられるんじゃないかな……。怖がらなくても、一花の道なら自然に歩ける日が来るかもしれない。
こんな臆病者の俺が、いつか……君と真っ直ぐ向き合える日が来るのだろうか……。