背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

 一花は生チョコの箱に手を伸ばし、一粒取ると口に入れる。

「……なーんてね、もう先輩の性格は分析済みなので、そんなこと今更言いませんよー」
「……えっ?」

 急に変わった一花の口調に驚き、尚政が顔を上げた。すると一花はニヤニヤしながら尚政の様子を見ていた。

「また後向きに考えましたよね? 前太郎バッジがついてるのに、おかしいなぁ」
「だ、だって……」
「私も後向きに考えちゃうからわかるんです。たぶん私も先輩も石橋を叩いて渡るタイプで、まずは悪いことを考えちゃう。でも私はその後にドキドキしながら渡るんだけど、きっと先輩は、石橋を叩いても渡らないんですよ。それか叩きすぎて橋がなくなっちゃうの」

 尚政はただ黙って聞いている。

「橋がなくなれば『ほら、行かなくて良かった』って勝手に安心するんじゃない? でも実際は渡れたはずの橋も、先輩が壊しちゃってるだけなのよ」

 たぶんその通り。目の前にいくつかの選択肢があったとしても、安全だと確信の持てるものしか選ばない。今で言えば尋人がそれだった。尋人が誘うこと、尋人の考えに追随することが一番の安心だった。

 大学だって、尋人と同じところは無理だと思ってエスカレーターで進んだ。

 一花が尚政の顔をじっと見つめていることに気付いて、ドキッとした。

「な、何?」
「先輩、私のこともずっと叩いてるでしょ?」
 
 一花は尚政に鎌をかけてみたが、表情が全く変わらなかったため、一花の考えと違うことに気付く。

「あれっ……じゃあ無意識に試してた? 時間をおけば私が離れていって、『ほら、やっぱりね』とか思いたかったんじゃない?」

 その言葉で尚政が困ったように頭を掻いた。それは図星だったのだ。

「先輩ってば、私のこと甘く見過ぎです。私の気持ちがそんなことくらいで揺らぐと思ったんですか?」
「……ちょっと思ってた」
「じゃあ教えてあげる。私はそんな簡単に愛想つかしたりしないですから。先輩がそばに置いていいって言ってくれたから、先輩から拒絶されるまではそばにいる」

 私は先輩の中の安心出来る場所になりたい。

「なんでそんなこと……」
「それは……」

 『好きだから』と言いかけて一花はグッと言葉を飲み込む。

「友だちだから。私は先輩のことを運命の人だと思ってるよ」

 尚政は驚き、戸惑いながら笑う。

「……一花ってば、すごく大胆なこと言ってるって気付いてる?」
「運命って言ったって、友だちだってそうでしょ? 意味はいろいろあるんだから」

 平静を装いながら言い訳をする一花が、なぜかとても愛しく感じる。

 俺自身もわかっていなかったことを、こんなに理解しようとしてくれたんだ。その上でそばにいると言ってくれた一花に、尋人と似たような安心感を覚える。

 彼女なら……一花なら信じられるんじゃないかな……。怖がらなくても、一花の道なら自然に歩ける日が来るかもしれない。

 こんな臆病者の俺が、いつか……君と真っ直ぐ向き合える日が来るのだろうか……。

 
< 48 / 136 >

この作品をシェア

pagetop