背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
一花は嬉しくなって、同じように尚政の頬に触れる。
「私ね、四月から高校生になるの。セーラー服からブレザーに変わるのよ。少しだけ大人になるの。まだまだ先輩には届かないけど、追いつくように頑張るから……」
言いかけて、一花は突然尚政の腕に抱きしめられた。
「頑張らなくていいよ……そのままの一花でいてよ……その方が安心する……」
「……そうなの?」
尚政から返事が返ってこなかったので、一花はとりあえず彼の体を同じように抱きしめてみた。
「そういえば先輩、高校の制服ってまだちゃんと残ってるよね?」
「……あるけど、なんで?」
「うふふ、前に約束したじゃない。高校生になったら制服デートしてくれるって」
一花が不敵な笑みを浮かべると、尚政は顔色が悪くなる。
「……本気? 俺一応大学生なんだけど……」
「本気だよ。楽しみにしてるね!」
「……了解」
一花の素直な笑顔を見たいから、願いを叶えてあげたい。今まではそんな漠然とした考えだったけど、実際は違った。この子はこんなに面倒くさい俺のことをちゃんと見てくれて、理解してくれた。誰もが、そして本人すらスルーしてきた現実に向き合ってくれた。だからこそ君に何かを返したい。
前もそうだった。一花はいつも俺を肯定してくれる。でも俺自身がまだ自分を肯定しきれていないからこそ、一花が認めてくれることが大きいのだとわかる。
これから己を満たすために、俺に好意を寄せてくれている一花を利用してしまうかもしれない。それでも一花はそばにいてくれるだろうか……。
その時こそ、きっと一花の気持ちに向き合う時なのだと思う。ただ俺にその覚悟が持てるのだろうか……。
「先輩、そろそろ帰ろうか」
「うん、そうだね……」
一花が差し伸べた手を、尚政は優しく握った。
「次はいつ会える?」
「……えっ、もうその話? 早くない?」
「約束しないとまた避けられそうじゃない?」
「大丈夫。もうしないよ」
「絶対?」
「絶対」
そして一花はにっこり笑う。
「よし。じゃあ信じましょう」
君って子は……尚政は急に動悸が激しくなる。今までに感じたことのない感覚に戸惑った。
その時に一花が着けてくれた後向前太郎の缶バッジに手が触れる。
「一花、この前太郎のバッジ」
「先輩にあげます。後ろ向きにならないようにのお守りね」
本当に一花には敵わないな。君といるだけで、俺はこんなにも穏やかな気持ちになれるんだ。