背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 夏休みも終わりに近付いた頃。その日も一花は尚政からのメールを待っていた。宿題をしながら、机の上に置いたスマホが気になって仕方がない。

 しかしその日スマホから響いたのは、電話の着信音だった。

 あまりの嬉しさに飛び上がり、ドキドキしながら電話に出る。

「もしもし」
「あっ、一花?」

 久しぶりに聞く尚政の声に、一花は涙が出そうなくらい嬉しくなる。

「先輩の声が久しぶりだから、ちょっと泣きそう……」
「そんなことで泣かないでよ。あのさ、今って時間ある?」

 キッチンでは母親が夕飯の準備に追われていたが、妹もいるので今なら大丈夫そうだった。

「うん、大丈夫」
「そっか。実は今一花の家のそばに来てるんだけど、いつもの場所まで出てこられそう? お土産渡したいなって思って」
「えっ、帰ってきてたんですか?」
「今日ね」

 帰ってすぐに会いにきてくれたことに、一花の胸が熱くなる。

 一花はキッチンにいた母親に声をかける。

「友達がお土産持ってきてくれたっていうから、ちょっと行ってきてもいい?」
「はーい、気をつけてね」

 一花は再び尚政に話しかける。

「大丈夫です。今から行きますね」
「うん、待ってる」

 慌てて家を出ようとしたが、一応鏡で自分の姿を確認する。部屋着だけどワンピースだし、大丈夫かな。髪は下ろしていこう。

 いつもの角まで行くと、尚政が気付いて手を振った。

「お、おかえりなさい!」

 あぁ、本物の先輩だ。やっと会えた。一花が泣きそうになっていると、尚政は頭にそっと手を乗せる。

「ただいま。俺がいなくて寂しかった?」

 尚政はからかうように言うと、持っていた袋を一花に渡した。

「すごいよ、こんなにあった」

 袋を開けると大量の後向前太郎のキーホルダーだが出てきた。しかも全て違う地名が書かれている。

「立ち寄った県の後向前太郎、全部買ってみたんだ」
「すごい! こんなに後向前太郎がいるなんて知らなかった……」
「なんか見つけたらさ、一花に渡したくなっちゃったんだよね」
「先輩ってばお土産のセンスありすぎ! ありがとう」

 想像していた以上の笑顔を見られて、尚政は心の底から満足する。

「忙しい時間にごめんね。なんか一花に早く渡したくてさ」

 そして帰ろうとする尚政の腕に一花はグッとしがみつく。

「……お別れの挨拶、ちゃんとしてください……」
「あの……まだシャワー浴びてないし、今の俺めちゃくちゃ汗臭いよ?」

 尚政が言っても、一花は微動だにしない。尚政は一息つくと、そんな一花が愛おしくて笑顔を浮かべる。

 体を離し、尚政は一花の顎そっと上げるとキスをする。すると一花の手が尚政の首に回され、逆に唇を押し付けられる。

 一花は離れていた間の気持ちを埋めるかのように尚政を求めた。いつもより長いキスにようやく満足し、一花は唇を離す。

「……一花ってば大胆」

 尚政は笑いながら一花の体を抱きしめると、額にキスをした。君がくれる愛情がこんなにもくすぐったい。

「じゃあまたね」
「うん……またね」

 尚政を見送りながら、一花は何度も心の中で『好き』と呟いた。


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