背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 二人は街を歩きながらお店を見て回っていた。一軒の雑貨屋の店先に置かれたイニシャルの刺繍が入ったポーチを一花が手に取ると、背後から尚政が覗き込む。

「へぇ、かわいいね。誕生日プレゼント、それにする?」

 尚政が軽く言うと、一花が不機嫌そうな顔になった。

「今年は指輪じゃないの?」
「えっ、だって毎年同じじゃ飽きない?」
「飽きない。逆に指輪じゃないと嫌」
「そうなの?」
「そうなの」

 一花はプイッとそっぽを向き、尚政に背を向けた。一花にとって、指輪は大きな意味を持っていたのだ。

 恋はしないという先輩から、恋人のような扱いをしてもらえる大事な儀式。その瞬間だけ、夢を見られるの。

「でもこれかわいいしなぁ。じゃあさ、プレゼントは指輪とこのポーチにしない?」
「……いいの?」
「もちろん。今は一花のためにバイトしてるみたいなもんだしね」
「……それは嘘でしょ。車買おうとしてるの知ってるよ」
「うっ……さすが一花、よくわかってる」

 尚政は笑いながらそのポーチをレジへ持っていく。ラッピングをしてもらうが、後で渡すからと言って一花には渡さなかった。

 一花は戻ってきた尚政の腕ではなく、手を握る。すると尚政の指が、一花の指の間に自分の指を絡ませてくる。

 その瞬間何故だかわからないけど、すごく恥ずかしくなる。指の間の神経が敏感になったように反応して、一花は胸がキュッと締め付けられるようだった。

 ちらっと尚政の顔を見ると、彼も少し照れたように笑っていた。

 これが欲なのかしら……彼に抱きつきたい、強く抱きしめられたい、キスがしたい。大きくなる恋心を止められなかった。

「一花?」

 尚政の声ではっと我に帰る。

「……先輩ってば、私の気持ちを煽って楽しんでるでしょ?」
「そう見える? おかしいなぁ、俺も結構ドキドキしてたのに」
「……本当?」

 尚政は苦笑いをすると空を見上げた。

「俺だって中二でいろいろ止まってるんだよ。女子に免疫だってほとんどないし。それこそ一花が煽るから、俺はずっとドキドキしっぱなしよ?」

 尚政は一花に微笑むと、手を引っ張って再び歩き始める。そして一年前に尚政の話を聞いたあの公園のベンチにやってきた。

 辺りは暗くなっていたため、きっとここで少しおしゃべりをしたら別れの時間であることは察していた。

 恋人ごっこの時間ももうじき終わる。終わりが見える今はただただ切なかった。

 ベンチに座ると、尚政はカバンから小さな箱を取り出して一花に渡す。

「毎年同じでいいのか不安だったから、さっきあんなこと言っちゃったんだ。ごめんね」

 箱を開けると、細いリングに小さなダイヤが輝く指輪が入っていた。

「これって本物のダイヤ……?」
「小さいけどね。もう一花も高校生だし、そろそろちゃんとしたものにしようかなって思って」

 どうして彼女でもなんでもない私に指輪なんて買ってくれるの? しかも安物じゃなくて、ちゃんとした指輪。

 先輩の中で私の存在ってどのくらいの大きさなの? 聞きたいけど、返事が怖くて聞けなかった。

 一花はいつものように尚政に指輪を渡す。それをわかっていたかのように、尚政は箱から指輪を取り出すと、一花の左手の薬指にはめた。

「これで三回目の指輪だね。有りがたみがなくなっちゃいそうだけど」
「そんなことないよ。毎年この瞬間が幸せで仕方ないもの……」

 一花は胸がいっぱいになって、尚政に抱きついた。

「先輩のこと、大好き……。誰よりも好きだよ……」

 一花が言うと、尚政は困ったような顔をする。そこへすかさず付け加える。

「今日は恋人ごっこでしょ? 恋人同士なら普通に交わす言葉じゃない?」

 一花は両手で尚政の顔を挟むと、彼の頬に口づける。

「だからお願い。恋人ごっこでいいから、先輩も言ってほしい……」

 尚政はどこか辛そうに下を向くと、両手で一花の体を抱きしめ引き寄せる。そして彼女の肩に顔を埋めると、小さな声で囁く。

「一花が好きだよ……すごく好きだ……たぶん君以外の人を好きになったりしないよ……」

 一花は涙が出そうになる。たとえ恋人ごっこの言葉だとしても、こんなに嬉しいものはなかった。
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