背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

* * * *

 尚政から指定されたのは駅前のファミレスだった。店内を見回すと、窓際のソファ席で手を振る尚政を見つけた。

「急にごめんね」
「ううん、大丈夫」

 注文をし店員がいなくなると、一花は尚政の顔を凝視した。尚政はパッと目を逸らす。

「な、何?」
「前回からかなり期間が空いたなぁって思って……。もしかしてまた何か悪い方に考えたりしてない?」
「ごめんごめん。本当に忙しかっただけだから大丈夫」

 尚政はそう言ったが、一花は彼の表情が暗いことに気が付く。疲れてるだけ? それとも何かあった?

「今日インターンではないの?」
「……なんで?」
「服装がラフだったから。大学?」
「えっ……あっ……うん……そうなんだ。先生が休んだ分の補講があってさ、大学に行ってた」
「ふーん……」

 やっぱり言葉のキレが悪いし、様子がおかしい。尚政は一花が何か気付いたのではないかと心配になり、わざと話を逸らす。

「そういえばさ、一花は大学はそのまま進学するの?」
「そのことなんだけどね……大学に行くのはやめようかなって思ってて」

 尚政は驚いたように目を見開いた。

「前から考えてたんだ。どうせこのまま進学したって先輩と一緒に通えるわけじゃないし、やりたいことを考えた時に、大学じゃないなぁって思って」
「一花のやりたいことって?」
「製菓の勉強がしたいの。先輩にいろいろ作ってたら、美味しいって言ってくれる誰かのために作りたいなぁって思うようになったんだ」
「製菓かぁ……うん、確かに一花っぽい! いいね、また一花のお菓子食べたいなぁ」

 そこでようやく尚政の表情が緩むのを感じ、一花は話を切り出す。

「で、私はなんで呼ばれたの?」

 一花が問いかけると、尚政は一息つきながら小さく笑う。

「……なんか疲れちゃってさ、一花に会って癒されたいなぁって思って」
「……私って先輩のこと癒やせてるの?」
「もちろん」

 前に一花は、尚政の心の拠り所になりたいと思っていた。もしそれが事実ならば、そのことが叶ったようで嬉しかった。

 一花は思い立ったように立ち上がると、尚政の隣に移動する。

「えっ、なっ、何?」
「疲れてるなら私の肩を貸してあげる。寄りかかっていいよ。せっかく私がいるんだし、人肌は落ち着くでしょ?」

 ほら、とニコニコしながら肩を叩く一花を見て、尚政は思わず吹き出した。

「人肌って……一花の言葉選び……相変わらずおかしいって!」
「そ、そうかな? 人肌って言わない?」
「なんか俺、エッチな想像しちゃった」
「えっ⁈」

 ツボに入ったのか、尚政は今も下を向いて笑い続ける。

「あーあ、もっと早く一花に会えば良かった……」

 小さな声だったので彼が何を言ったのか聞き取れなかった。聞き返そうとしたその途端、一花の肩に尚政が寄りかかってきた。

「人肌かぁ……ははっ、確かに癒されるかも……」

 尚政はバレないように息を吸い込む。一花の匂いにホッとした。甘美な香りに体の芯が疼く。

「先輩?」

 急に尚政の声が聞こえなくなると、一花の肩で尚政が寝息を立てていた。突然のことに驚きながらも、尚政が自分のそばで心を許してくれた気がして嬉しくなる。

 さりげなく寝顔を覗き見る。なんてかわいい寝顔なの。こんな顔を近くで見られるなんて、私は特別って思っていい?
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