背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 温かくて柔らかい心地よい感触と、鼻先に漂うフローラルの香りを感じながら、尚政はふと目を覚ます。

 ぼんやりとした頭で顔を上げると、一花が隣で本を読んでいた。尚政は驚き、慌てて一花から離れる。

「あっ、起きた?」
「まさか……寝てた……?」
「うん、でも三十分くらい。かなりお疲れだった?」

 人前で、しかも一花の肩で寝るなんて自分が信じられなかった。こんなこと今までしたことない。これほどまでに一花に心を許しているということなのだろうか。

「ごめん……あっ、ご飯とか食べられた⁈」
「大丈夫。もう片付けてもらっちゃった。まだ時間平気? 私デザート食べたいなぁ」

 一花は少し興奮したようにデザートメニューを見ていた。

「じゃあ……肩借りたお詫びに、好きな物頼んでいいよ」
「一番高いパフェでもいいの?」
「もちろん」

 一花は店員を呼ぶと、シャインマスカットのパフェを注文した。ウキウキしているのが尚政にも伝わってくる。

「そういえば今年の夏休みはどうするの? また従兄弟さんとどこかに行ったりするの?」
「今年はないかなぁ。尋人は親の会社に就職が決まってるから、今からいろいろしごかれてるみたい。俺はその下でこき使われてる感じ」
「そっか……大変だ……」
「一花は? 何か予定はあるの?」

 話題を変えるように尚政が一花に聞く。

「……なんか来週ね、友達とその彼氏さんが勉強会を開くから来て欲しいって言われて。行く気なかったんだけど、成り行きで行くことになっちゃったんだよねぇ」

 乗り気でないのがはっきり伝わるくらい、大きなため息をついた。

 ただそれを聞いて尚政も気が気ではなかった。昼間の篠田という男子が頭に浮かぶ。

「……メンバーはわかってるの?」
「全然。私と仲良しの二人と、その彼氏さん以外はまだ誘ってるって言ってた」
「ふーん……」
「私は人見知りだし、知らない人がいるような所は行きたくないんだけどね……」

『彼女がかわいそうだ』
『あなたから突き放してください』

 篠田に言われた言葉が頭をリフレインしていく。

「一花はさ、俺といるのって……しんどい?」

 尚政がポツリと呟く。その言葉を聞いて、一花は彼の方を向く。そして怪訝そうな顔をする。

「……また後ろ向きに考えてる? 大丈夫、私は先輩と一緒にいると楽しいよ」

 一花はいつも温かい。でもその勉強会に篠田が来るんじゃないかと思うだけで、尚政の心は不安でいっぱいになった。

 尚政は手を伸ばすと、一花の体に腕を回す。

「先輩?」
「ちょっとだけ……こうさせて……」
「……私前にそういう先輩が好きって言ったでしょ? 気がすむまでしてていいからね……」

 一花は言った後に心の中で呟く。本当はそうじゃないの。少しでも長く、先輩の肌を感じていたいだけ……。
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