背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
尚政は目を見開き、少し混乱したように頭を掻く。
「ちょっと待って……それってどういうこと?」
「先輩がどれだけ愛されているのか、私が教えてあげる。今までは出来なかったことも、たくさんしてあげたい。そうすればきっと……」
「ダ、ダメだよ」
「……どうして?」
「前に一花に話したよね。人っていつ心変わりをするかわからない。俺はこれから先も裏切られるのが怖いんだよ……」
「私は裏切らないよ」
「口ではどうとでも言えても、未来のことはわからないじゃないか……」
先輩の闇は、私が思っている以上に深いのだと知る。こんなに優しい彼を、こんな風に傷つけた人間に、力いっぱいパンチをお見舞いしてやりたい気分だった。
言った本人はもうそのことを忘れて、普通に生活しているに違いない。言われた人間がこれほどまでに引きずって、傷ついたままでいることをきっと知らないんだ。
「……もし一花に裏切られたらと思うと怖い。たぶん何よりも……。重いんだよ、俺の想いは……」
「……じゃあ敢えて名前はつけなくていいし、先輩は今まで通りでいい。白か黒かにしなくてもいいじゃない。ただこれからは私も気持ちを我慢しない。それでもいい?」
「どういうことかわからないよ……」
「先輩は私を好きって言ってくれた。私も先輩が好き。ということは両思いなのはわかった。それにそばにいて欲しいって言ってくれたでしょ? 名前は付けなくても、私は先輩がすごく大事な人なの。だから……想い合う二人がすることを、私は先輩とたくさんしたいの」
尚政が構えてしまわないよう、一花は敢えて恋人という単語を使わないように、言葉を選んでいく。
「た、例えば?」
おどおどとした様子の尚政の髪に触れ、頬に触れると、一花はそっと尚政にキスをする。
「もうお別れのキスだけにしてあげない」
そしてもう一度キスをすると、尚政が顔を真っ赤にして固まっていた。しかし赤くなったのは一花も同じだった。
「一花……そんなことされ続けたら、俺の理性が保つかわからないよ……」
「保たなくていいよ。先輩とならもっともっといろいろなことがしたいよ。私だってもう中学生じゃないんだもの……」
「いやいや、今だと犯罪になっちゃうし……付き合ってない二人がそんなことしちゃダメだよ……」
「同意があっても?」
「ダメ!」
「先輩ってば真面目過ぎじゃない? 私は先輩のものになれるなら本望なのに」
「本望って……最後じゃないんだから……」
「でも最後にしようとしてたでしょ?」
一花の言葉に尚政は傷付いたように下を向くと、両手をグッと握りしめる。
「……でも出来なかったよ……。それくらい一花は俺の中で大きな存在なんだ。だからいつか俺が自信をつけた時……今はまだ心の小さい奴だから無理だけど、もしその時まで一花が俺を見捨てないでいてくれたら、きちんと俺の言葉で伝えるからさ……」
「絶対よ。それがなくても先輩のそばにいるけどね」
尚政は吹き出す。さっきまで暗かった気持ちがパッと明るくなる。まるで一花の魔法にかかったようだ。
「ごめんね、俺って本当に身勝手だよね。言ってることグチャグチャだし……」
一花はそっと尚政の手を取る。
「大丈夫。ちゃんとわかってるから」
たった一言なのに、尚政はこの上ない安心感に包まれた。