背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 篠田と別れしばらく駐輪場でぼんやりとしていると、一花から連絡が入った。

『今どこ?』
『駐輪場』
『了解。今行きます』

 それからすぐにやって来た一花は辺りをキョロキョロと見回す。

「あれっ、部長は?」
「先生方への挨拶まわりだって」
「そうなんだ……」
「柴田も一緒が良かった?」
「……いじわる」

 一花は尚政の胸に抱きつく。

「……本当は二人きりになりたかったよ」

 一花の本音を聞いて、尚政は彼女の体を抱きしめた。あぁ、一花の言葉はこんなにも俺を満足させてくれるんだ。

「……たぶん柴田は気を利かせてくれたんだと思うよ。二人きりになれるように」

 たとえ名前はなくても、二人の関係は恋人同士と変わりないくらいの距離感になっていた。

 尚政は自分の身勝手な言い訳に合わせてくれる一花に申し訳ないと思いつつ、気を張らずに関係を続けられることにホッとしていた。

「休憩ってどれくらい?」
「今日は片付けに戻れば大丈夫。だから一緒はな回ろう?」
「そうだね。学生時代は学園祭って好きじゃなかったから、なんか不思議な気分」
「私も先輩と一緒に回れるなんて幸せだな」

 尚政は一花が差し出した手を握るが、過去のことを思い出し、少し不安も生まれる。

「こんなところ、誰かに見られたら嫌じゃない?」
「どうして? 全然嫌じゃないよ。むしろ嬉しいくらい」

 一花は満面の笑みで尚政を見た。きっとこういうことなのかな。確かに一花からの愛情をひしひしと感じるんだ。この時間が一生続くことを切に願ってしまうくらい、彼女の愛は俺を強くしてくれる。

 あの頃否定されてしまったことを、一花はすんなりと肯定してくれた。そして俺の欲求を当たり前のように受け入れてくれる。それが何より嬉しいことだった。

「そういえばさっき篠田くんが来てさ、以前のことを謝罪してくれた。根はきっと良い子なんだよね」
「そうだったんだ。篠田くん、最近智絵里とすごく仲が良いの。私と同じ人見知りの智絵里が一緒にいるくらいだし、悪い人ではないって私も思うんだ」
「一花のそういう前向きな考え方っていいよね。俺も見習わないとなぁ。いまだに後ろ向きになりがちだし」
「……なんか今日の先輩、私のことからかって楽しんでない?」
「本心なのになぁ。ショック」

 そう言いながら爆笑している尚政は、出会った頃のような笑顔だった。
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