背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

 調理室の後ろの方で、焼き上がったマフィンを出す作業を手伝っていた一花は、最初誰が入ってきたのか分からなかった。

 その人は、前方のテーブルでラッピングの準備をしていた柴田に近づいていく。

「柴田〜、呼ばれたから来てやったぞ」

 その声を聞いて、一花の心臓が跳ね上がる。

「おぉ、時間ピッタリじゃん。さすがA型男子の千葉だな」
「血液型って関係ある? それにしてもいい匂いだなぁ。今日はケーキなんだ」
「そっ、久しぶりにね」
「で、俺が呼ばれたのはなんで? ケーキくれんの?」
「そうなんだよ、お前の誕生日が来週だったのを思い出してさ、出来立てを食べさせてやろうという俺の優しさだ。感謝しろ」

 柴田と尚政のやりとりを見ながら、一花はドキドキが止まらなくなる。

 部員たちも尚政に気がつく。彼の存在を知らない中学生たちは、イケメンがいると騒がしくなる。しかし既に知っている高校生は、大して気に留めない。

「先輩、あの人って……」
「ん? あぁ、三年生の千葉先輩。話すと面白いよ」

 高等部ではそんなに目立った存在ではないのだろうか? 反応の差に一花は少し驚いた。

 先輩たちと一緒に焼き上がったマフィンを前方のテーブルへ置くが、目の前に尚政がいると思うと、緊張して顔をあげられない。

「じゃあそれぞれ自分のを持って席について。食べてもいいし、誰かにあげたい人はここにラッピングの袋があるから、粗熱が取れたら好きにして〜」

 柴田の言葉とともに、みんなが騒ぎ始める。

 そんな中、園部に呼ばれて一花は尚政の正面に座る。

「かわいいでしょ? 一花ちゃんっていうの。中等部の二年生なんだけど、料理の腕はプロ級なんだから」
「そうそう。俺のお気に入りの一人だぞ」

 二人が一花のことを尚政に紹介すると、彼は興味深そうに一花を見た。その視線を感じるだけで息の仕方を忘れそうになる。

「へぇ、この二人から気に入られるなんてすごいじゃん。いちかちゃんってどういう字を書くの?」
「えっと….一つの花って書きます……」
「ふーん、名前もかわいいね」
「そうだろうそうだろう。まだ何者にも染まっていない純で健気な感じがたまらんだろう」
「……たっちゃん、なんかセクハラっぽくて嫌なんだけど」
「なぬっ⁈」

 一花は先輩たちのやりとりを見ながら少しだけ顔を上げてみる。そこにはあの時と同じ、優しく微笑む尚政がいた。
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