背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

「親父から聞いたよ。うちへの就職を断ったんだって?」

 あぁ、今日はその話だったんだ。ようやく呼び出された理由がわかって気まずくなる。

「なんで? インターンの中でもお前の仕事ぶりは好評だったのに」

 数日前、社長直々に会社に誘われた。だが断る際にきちんとした理由を話したのだが、それを社長は尋人へは伝えなかったようだ。

 尚政は困ったように笑う。きっと自分の口で言えってことなんだろうな。

「まぁ……本当のことを言えば、ブルーエングループに就職したかったんだ。小さい頃から尋人は俺の憧れで、一緒にいると楽しいし自信もついたしね。たださ、ずっとこのままでいいのかなぁって思っちゃったんだよね。尋人といれば間違いはないけど、いつまで経っても自分の足で立ててない気がしちゃってさ。それなら一度一人でやってみようかなって思ったんだ」

 尋人は尚政の話に黙って耳を澄ます。二人の前にカクテルが置かれ、藤盛にお辞儀をしてから尚政は話し続けた。

「社長にそのことを伝えたら、ブルーエンはいつでも君を待ってるからな! って言ってくれてさ。だからちょっと安心したけど」
「……ふーん、お前もいい意味で変わったんだな。やっぱり一花ちゃんの影響?」

 尋人は口元に笑みを浮かべる。尚政は少し照れ臭くなり、カクテルを口にする。少し辛口の味に顔をしかめた。

「……本当に一花ってすごいんだよ。あんなに自信喪失して、しかも彼女は作らないって宣言した俺に、たくさん愛情をくれるんだ。なんていうか、愛される喜びを教えてくれるっていうか……」
「その愛情が自信に繋がったわけだ」
「あーっ! もう恥ずかしくて死にそう……って一花みたいなこと言っちゃったよ……」

 混乱して身悶える従兄弟の姿を見て、尋人は笑いが止まらなくなる。こいつ、こんな奴だったっけ? 性格にも一花ちゃんの影響が出てるんじゃないか?

 正面を見れば、藤盛も笑いを堪えながら肩をプルプルと振るわせている。

「なんだかんだ、もう三年経ってるんだろ? 一花ちゃんって本当に良い子だよな。こんな曖昧で自分勝手なナヨナヨ男に付き合ってくれてんだからさ。お前は心から感謝して、忠誠を誓うべきだな。ねっ、藤盛さん」
「同意見でございますね」

 二人に笑われて尚政は少しヘコむ。

「そんなこと、わかってるよ」

 尋人は笑い過ぎて出てきた涙を拭きながら、尚政の背中を叩く。

「まぁ会社のことはわかったよ。とりあえず武者修行に行ってこい。でも俺がお前に助けを求めたら、すぐに戻ってきてくれよ」
「当たり前だろ。尋人に呼ばれたらすぐに飛んでくさ」
「あと一花ちゃんも、だろ?」

 尚政は顔を赤くして視線を逸らした。それを見て尋人は眉を上げる。これはこれは……相当じゃん。なのにまだ曖昧にするなんて、従兄弟として一花ちゃんに申し訳ない。

 こんな気弱な従兄弟に、誰も成し得なかった自信をつけさせることが出来るなんて、本当に一花ちゃんとやらはすごい子だな。いつか一花ちゃんに会えたら、これまでの日々と尚政への変わりない愛情に、心からの感謝を伝えたいと尋人は思った。
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