不毛な恋模様〜傷付いた二人は、輝く夜空の下にて熱く結ばれる〜
 その時波斗のスマホが鳴る。驚いて体が跳ねた。

「なんだよ、波斗。こんな時間に電話って……もしかして彼女とか?」

 健は楽しそうに波斗の脇腹を小突いてくる。それを無視してポケットを探る。

 スマホを取り出し、面白半分に画面を見た全員が絶句した。

『着信 紗世ちゃん』

「えっ……まさか先輩……」
「紗世ちゃんと付き合ってるんですか……?」
「えっ、あっ、ちょっ……と、とりあえずちょっと待ってて!」

 波斗は慌てて個室を飛び出し、紗世からの着信を取る。

「もしもし!」
『あっ、突然ごめんなさい。今大丈夫?』

 紗世の声を聞いて、体の力が抜けていく自分がいた。かなり気を張っていたようだ。まだ息苦しさはあるが、彼女の声を聞くだけで癒された。

「うん……なんか紗世ちゃんの声を聞いたら安心した」
『……やっぱりあの話だったの?』
「うん……まさに今その話をしてた。紗世ちゃん、偶然だけどタイミングバッチリだよ……」
『……大丈夫?』
「ダメかと思った時に紗世ちゃんの声が聞けたから、なんとか大丈夫だよ。どうしたの? 何かあった?」

 すると電話の奥の紗世が黙り込む。

「紗世ちゃん?」
『……ごめんなさい。用はないの』

 紗世の言葉に、今度は波斗が黙り込む。どういうこと?

『ちょっと心配になっちゃっただけ。だから気にしないで!』

 波斗はドキドキした。俺を心配してかけてきてくれたの? さっきまでとは違う息苦しさを感じる。

 それと同時に、あの夏合宿の夜が思い出される。

 健のことを打ち明けて苦しかった。でも紗世ちゃんとの交わりで、その苦しさを忘れることが出来た。

「ねぇ……紗世ちゃん、今から行ってもいい?」

 最悪だ。今の気持ちをどうにかするために、紗世ちゃんに会おうとしている。

『辛かったらいつでもいいよ。待ってる』

 辛い時に誰かがいてくれるということは、こんなにも心強い。

 電話を切った後、波斗はスマホをギュッと握りしめた。

 部屋に戻ると、三人がニヤニヤしながら波斗を見ていた。

「おいおい波斗、ちゃんと説明するまでは帰さないぞ〜!」
「嫌だよ、言わないよ」
「いつからなんですか⁈」
「内緒。健の報告は終わり? それなら俺ちょっと行かなきゃいけないんだけど」

 違う、行かなきゃいけないんじゃない。俺が行きたいんだ。

「こ、これはだいぶ深い関係に違いないぞ」
「あっ、大和。このこと千鶴ちゃんには漏らすなよ!」
「おいおい、波斗が口止めしてやがる……これはかなり本気と見た!」

 違うよ。俺が本気だったのはお前だよ。好きな人に誤解されるのは悲しい。でも今はその方がいい。気持ちがバレるのも、否定されるのも辛いから。

 波斗は自分の代金を置くと、荷物をまとめ出す。少しでも早くこの場から逃げ出したかった。今の心の状態では、この場に残るのはかなりしんどい。

「悪いな。あの……なんかすぐに会いたいから来てくれって言うから……」

 紗世ちゃんごめん……! これは本当は俺の心の声なんだ。

「じゃあまたね」

 外に出てドアを閉めると、ようやく普通に呼吸が出来る。なんだろう、すごくホッとした。

 今頃紗世ちゃんの話題になってるんだろうな。そう思うと急に罪悪感が生まれてきた。家に着いたら正直に話して謝ろう。

 大通りに出てタクシーを拾おうかと思った時、薬局が目に止まる。

 下心がないといえば嘘になる。むしろそうなることを望んでいる自分がいた。その考えを振り切ろうと頭を振ったが、簡単には消えない。

 俺は何を考えているんだろう……。彼女の優しさにつけ入って、自分の欲望を満たそうとしている。

 本当は紗世ちゃんが目の前に現れてからずっと抑えてきた気持ちがあった。

 健が好きなのに、あの夜のことを思い出してはやり場のない欲求ばかりが大きくなっていく。

 もう一度あの夜に戻って、もう一度紗世ちゃんを抱きたいなんて都合の良い話。じゃあ健への想いはなんだったんだと自問自答する。

 あの夜の紗世ちゃんは、辛い気持ちを紛らわすために俺との体の関係を望んだ。

 じゃあ俺は? あの場から逃げたくらい、健を諦めるという現実は辛かった。

 でも誰でもいいわけじゃない。紗世ちゃんにそばにいて欲しい。紗世ちゃんに慰めて欲しいと思ってるんだ。

 失恋のせいでおかしくなっているのかな……。考えがぐちゃぐちゃでまとまらない。

 今はただ紗世ちゃんに会いたいな……。

 馬鹿みたいに紗世ちゃんばかり求めてしまう。抑えきれない想いばかりが溢れていく。
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