スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
そんなこんながあり。
帰国まで大忙しだった。
パリでお世話になった人たちに挨拶をし、4年分の生活の荷物をまとめ、住んでいたアパートを引き払う。
だが啓一郎さんの方がよっぽど大変だろう。
元々帰国する予定だったとはいっても、ここまで急ではなかったはずだ。
私が尋ねると意外にも「そんなことなかったよ。元々いつでも出られるように準備はしていたし」と言っていた。
それでも病院関係者、特に患者さんとの挨拶はかなり大変だと言う。
今入院中の患者さんに加え、すでに退院した元患者さんのところにまで足を運んでいた。仕事に対して真摯な啓一郎さんらしい。
結局私たちは帰国するまできちんと話し合う時間をあまり取ることができなかった。
お互いのことを知ったのはフライト中の飛行機内だ。
啓一郎さんに飛行機のチケットは任せてと言われ、そのままやってきたのだが。
「啓一郎さん、ここファーストクラスですよね?」
私は恐々としながら尋ねる。
いつもであれば当たり前のようにビジネスクラスだ。
ファーストクラスになんて乗ったことがない。
幼い頃からバレエなんて習ってはいるが、私は根っからの庶民。
貧乏とまではいかないが、一般の中流家庭の出である。
バレエを習うことができたのは、私が一人っ子だったからなのだ。
「ははっ、チケット代金のことは気にしないで。これでも俺、結構稼いでるし。逆にお金の使い道がなくて困ってるくらいなんだよ」
「そうなんですね。…………でも、ありがとう」
私は小さく微笑んだ。
結婚が決まってから少しだけ話したときに私が「日本までのフライトって長時間で大変ですよね。腰が痛くなっちゃいます」と話した事を覚えていてくれたのかもしれない。
その細やかな心遣いに心が少しあったまった。
フライト中、私たちはいろいろな事を話した。
啓一郎は今年で30歳。
きりのいい年齢だと思い、日本に居を構えようと思ったとのことだ。
これから医者としてすぐ開業するか、それとも大学病院などで働き幅広い患者さんと接するか、どちらも捨てがたく迷っているとのことだ。
だがのちのち開業はしたいと考えているらしい。
お互いのことをこんなにも知らないのに結婚しようとしているなど正気の沙汰ではない、と思いながらも私はどこか満たされていた。
それもこれも優しく、そして穏やかに接してくれる啓一郎さんのおかげだった。