スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 こうしていろんな話をして盛り上がっていると、途中で啓一郎さんのことも話題に上がる。
 どうやら啓一郎さんは若手のイケメン医師として病院内の女性────主に奥様方に人気とのこと。
 よく差し入れなども貰っており、その度に「ありがとうございます」と爽やかに微笑む姿に胸をキュンキュンさせる王子様と評判らしい。

 たしかにあの見た目と穏やかな対応なら、ファンクラブが出来てもおかしくはないなと私は苦笑する。

 私は心の中で『出張から帰ってきたらからかってあげよう』とネタができたことに喜んだ。

 色々話し込んでいると日が高いうちに来たはずなのに、すでに夕日が顔をのぞかせている。

「楽しく話してたからこんなに時間経ってると思わなかった」

「そろそろ帰りましょうか、センパイ」

「えー! もう、帰っちゃうの! もっといてよー! なんならお泊まりしてって!」

 パタパタと掛け布団に手を打ち付ける沙彩ちゃんに長谷川くんは「センパイも忙しいんだから無理を言うな。それに今日は調子が良かったけど、無理をしすぎるとまた悪化する」と冷静に諭す。

 たしかに話しているだけでも入院している沙彩ちゃんにとっては身体に負担をかけてしまうかもしれないのだ。
 あまりにも楽しくて忘れてしまっていたが、沙彩ちゃんは難病を患っているのだ。
 
「今日は楽しかった。またお見舞いに来るから、そのときにもお話ししましょう」

「うん。……紗雪お姉さん。言ってなかったんだけど……私、将来は紗雪お姉さんみたいなすごいバレリーナになりたいんだ。だから頑張って病気治す。……そしたらさ、私にバレエを教えて欲しいんだけど……だめ、ですか?」

 沙彩ちゃんからそのような言葉が出てくるとは思わず、私は目を丸くする。たどたどしい口調には真剣みがあった。
 以前ならおそらく息苦しく思っていただろうその言葉は、今では心を温めてくれる言葉に変わっていた。

「……うん、私でよければ教えるよ。だから……待ってるね」

 頑張れ、とは言わなかった。
 沙彩ちゃんはすでに頑張っているからだった。

 私の短い言葉に沙彩ちゃんは────にこりと笑った。
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