スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 私たちは病室から出ると、突然長谷川くんのスマートフォンが鳴る。
 
「ちょっとすんません」

 長谷川くんはそう言って廊下の端へ寄る。しばらくして電話が終わったのか戻ってきた。

「センパイ、申し訳ありません。帰り送るって言ったんですけど、なんかバレエ団の方でトラブルがあったみたいで緊急招集かかってしまってすぐ行かなきゃならなくなってしまいました」

「そうなの? 荷物もないし、送ってくれなくても全然大丈夫だよ。それよりも団の方が心配だね」

 眉を寄せてため息をついた長谷川くんは「絶対にタクシー乗って帰ってくださいね」とまるで私の母親のような過保護さだ。
 そこまで幼子じゃないんだけどと内心思ったものの、真剣そうな面持ちにおずおずと頷いておく。

 昨日啓一郎さんと電話したときも、『長谷川くんは紗雪の昔からの知り合いだし、見た感じも見た目は怖そうだけど根は真面目そうだったしな。紗雪を一人で放っておくのも心配だし、絶対に送ってもらえよ』と念を押された。
 
 自分はそこまで隙があるのかと愕然としたものだったが、釘を刺すように言われればさすかに言われた通りにするほかない。

 長谷川くんが小走りで向かうのを見送った私はのんびりと歩きながら出入り口に向かう。
 外に出ると少し汗ばむくらいの気温で、そろそろ夏の予感を感じさせた。

 大学病院ということで指定されているタクシーの乗り降り場へと向かう道を歩いていると────突然。

「……っ!」

 後ろから羽交い締めにされる。
 一瞬のことに反応できなかった私の口元に何かが当てられる。
 驚愕した私は助けを呼ぼうと息を吸い込むが──。

 急激に眠気が襲いかかる。
 まずい、と思ったそのときには私は暗闇の中に落ちていた。
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