スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 紗雪は震えていた。
 それでもなお、勇気を出して梅本に告げる。本当は今にも逃げ出したくてたまらないはずなのに、恐ろしくて叫びたいはずなのに、それでも感情をグッと飲み込んで俺のために言ってくれた。

 こんな場面なのに、どこか俺は嬉しかった。自分が死にそうな目にあいながら、俺のことも心配してくれる。そんな紗雪が愛おしくてたまらなかった。

 それこそ、紗雪のためならなんでもしてしまえるほどに。

「わかった。梅本の言う通りにする」

「だめっ! 啓一郎さん!」

 俺はナイフを拾い上げ、自身に刃を向ける。
 紗雪の叫びが耳に届くが、聞こえないふりをした。
 今、このナイフでどんな抵抗をしたとしても首元1センチのところにナイフのある紗雪に刃が届く方が先だとわかる。

 死にたくないと思った。

 もっと紗雪と一緒に生活して、子供を作って、じいさんばあさんになるまで仲良く生きていきたいと思っていた。

 だが、それでも紗雪の命以上に優先するものではない。俺の未来には紗雪がいなければなんの意味もないのだ。

 俺は自身首元にナイフを当てようと──。

「……っな、なにをっ!」

 その一瞬、あろうことか紗雪が自身の命も厭わず、梅本のナイフを持つ手に噛み付いたのだ。
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